もう一度抱いて
いざ歌い始めると、私はここがどこなのか、今誰と一緒にいるかなどということは吹っ飛んでしまい、すっかり曲に陶酔してしまっていた。


久しぶりに歌ったけれど、完璧に覚えていて、少し楽しいな…なんて思ってしまう自分がいた。


とりあえず、ワンコーラスだけに留めて、私は曲を終了した。


やっと終わったとホッと胸を撫で下ろす。


だけど、なぜかスタジオ内はシンとしたままだ。


あまりに静か過ぎて、不気味にすら感じるほどに。


どうしていいかわからなくて、仕方なく鍵盤をじっと見つめていたら。


「すげ…。完璧じゃん」


「おいおい。レベルが違い過ぎるやろ」


小山君と相原君の声が聞こえた。


「ねー。だから言ったでしょ?

すごいって」


亜美が嬉しそうに笑う。


「里桜ちゃん、キーボードにほんま欲しい。

入ってくれへん?」


相原君がウィンクしながら、両手を合わせる。


その可愛い顔に戸惑っていたら。


「ダメだ」


腕を組んだまま壁にもたれて立っていた磯村君が、突然口を開いた。
< 39 / 479 >

この作品をシェア

pagetop