背中越しの春だった
そのとき、タイミングよく教室のドアが開いて、山本一平が顔を出した。

藤の顔が、パッと明るくなる。


「おせーよ!」

「あー、悪い。部活、やっぱなかったわ」


藤のもとへ駆け寄る山本を、男子の一人がからかう。


「山本、おまえめっちゃオンチなんだって?」


いきなりオンチ呼ばわりされて、はぁ、なんだよそれ、と顔をしかめる山本。


「照れんな。藤から聞いたよ」

「あ、てめぇ、ハル!」


きゃはは、と楽しそうに藤が笑う。

そういえば、山本は藤のことを「ハル」って呼ぶんだなぁ、とぼんやり思った。


「俺のどこがオンチなんだよ! ミスチルばりだろっ」

「どこがだよ! 大きな古時計もまともに歌えないくせに」

「言ったな? よし、じゃあ次おまえとカラオケ行く時は延々歌ってやるよ、古時計」


しかも平井堅じゃない童謡バージョンでな、と山本が真顔で言う。

藤はますますおかしそうに笑いながら、ぴょん、と机から飛び降りた。

そしてあっさりと、友人たちに手を振る。


「じゃ、俺らは帰るから」


えー、藤、カラオケ行かないの?と女子が不満そうに言ったが、

藤はごめんね~と笑って、さっさと山本の背中を押した。


「それじゃ、お先」

「じゃあな。俺、オンチじゃないからな」

「しつけーよ」


ふざけあいながら、あっさり二人は帰ってしまった。


残された人たちは、一気にテンションが下がってしまったのがわかる。

中心核を失って、途方にくれているみたいに思えた。


私もカバンを持って、立ち上がる。



山本一平。

この後私は、この人とも深く関わることになる。
< 12 / 68 >

この作品をシェア

pagetop