背中越しの春だった
だんだんと傾く西日が差しこむ教室は、ほんのりと温かく、春の匂いがたちこめていた。


藤の細い指が、ノートに陰影を作る。

シャーペンの音が響く。

黒い前髪が揺れる。


私は黙って、藤の書いていく数式を見つめていた。

私と全然解き方が違う。

そんな些細なことが、大きな発見のように思えた。


「それにしても槙野って、ほんと運悪いよね」


笑いをふくんだ声で、藤がからかってくる。

私は思わず耳が熱くなるのを感じた。


「しかもめっちゃ面倒見いいよね。わざわざ俺が問題解くの待ってくれてるし」

「藤が待っててって言ったんでしょ」

「そこでちゃんと俺のワガママを聞いてくれるあたりがさぁ……長女キャラって言うの?」


茶化しながらも、藤のシャーペンを持つ手は止まらない。


「マッキーさぁ、妹か弟いるでしょ。絶対」

「そのあだ名で固定しないでよ」

「もう遅いね!」


あざやかに問題を解いて、藤は笑う。


「マッキー。あと一問」


いたずらっぽい瞳がキラリと輝く。

一気に、胸がいっぱいになった。


やばい。

やばい、と思ったときには、もう落ちてる。



――まぁ、今思えば……私はあんたにひと目ぼれだったんだよ、藤。
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