背中越しの春だった
しかし、恋心を自覚すると、今度は別の問題も出てくるのだ。


教室での藤はいつも誰かしら女の子に囲まれていて、

とりあえずモテるんだろうなぁ、と思う。


「かわいいよね、藤」


突然タイミングよく美雪に声をかけられて、私は思わずビクッと肩をふるわせた。


「びっくりした……美雪ちゃん、どうしたの? 急に」

「最近ちっちゃくてかわいい系の男の子って流行ってるじゃん? モテてるよね、藤」


美雪はそう言って、ちょっとため息をついた。


「ちょっとさぁ……私、マジかも」

「え、それって、好きになったってこと?」

「うーん……ちょっとね。今、藤カノジョいないらしいし」

「……へーえ」


私は他人事のようにうなずいて、女の子たちと話す藤を見つめた。

あらためて見てみると、やっぱり藤はモテる。

ああやって藤の周りにいつもいて、積極的にアプローチしてる子たちはもちろん、

美雪みたいに遠くから見てるタイプも入れたら、

ちょっと想像つかない数の子が藤に恋してるんだろう。


するとなんだか、私は具体的な期待とか、

たとえば藤と付き合ったりとか告白したりとか、そうゆう期待が全く持てないのだ。

現実感がないと言うか。

これはもう、競争率とか、がんばる頑張らないの問題じゃない。

ちらりと盗み見た美雪の横顔は、完璧な「恋する乙女」だった。



そしてそのとき、私は一瞬だけ奇妙なものを見た気がした。



藤の横顔が一瞬だけ……ほんとうに一瞬だけ、わずかにうつむいたその一瞬、

ひどく冷たく、暗い、静かな表情になった気がしたのだ。

それは本当に一瞬で……あっという間に、いつもの屈託のない笑顔に戻っていたのだけれど。


私はその一瞬の、あまりに藤らしくない表情が奇妙に頭に焼きついて、

心に引っかかったまま気になって、仕方がなかった。
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