背中越しの春だった
ぼーっと考えていても、わからないものはわからない。

だけど、ひとつだけはっきりわかったことがあった。



その日の放課後、帰り支度をしている藤のもとへ、意を決したように美雪が駆け寄った。


「藤……まだ、髪濡れてるよ」

「え? そう?」


きょとんとした顔で、藤が自分の前髪に手をやる。

後ろから見ると、藤の髪がまだしっとり湿っているのはすぐわかった。

美雪がくすっと微笑する。

そして、バックからタオルハンカチを取り出して、藤に差し出した。


「はい、これ。使って」


藤は一瞬怪訝そうな顔をしてから、にこっと笑った。


「いやーありがと。うれしいんだけど、汚れちゃうからいいよ」

「でも、カゼ引いちゃうよ?」

「俺の頭くさいよ! 匂いとれなくなるよ?」


茶化す藤に、美雪は少し頬を染めて首を振った。


「気になるなら、返さなくていいから。使って!」


押しつけるようにハンカチを握らされて、藤はふっと微笑む。


「ありがとう。やさしいなぁ、小川」


美雪の顔に、ぱっと嬉しそうな笑みが広がった。


じゃあまたね、と美雪が手を振って去っていく。

その幸せそうな背中を見送った、次の瞬間だった。


藤はそのハンカチをカバンに突っ込んだ。


それは、藤の髪に触れることなく、彼はそれを一瞥もせず、無造作にカバンに突っ込まれた。


にっこり笑ったまま、藤は私を振り返った。


「じゃあね。マッキー」


私は動けなかった。じゃあね、と言葉を返すこともできなかった。

ただひとつ、はっきりとわかったことがある。



――藤を……好きになっては、いけない。
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