背中越しの春だった
6、迷路と自覚
私は人の心の機微とか、感情とかには、敏感な方だと思う。


その日の朝、私は教室に入るなり、

机に頬杖をついている藤の不機嫌さみたいなものを、ぼんやりと感じ取った。

私が登校してきたことに気付くと、藤はにこりと笑って見せた。


「おはよう、マッキー。今日もいい天気だねー」

「おはよう。天気はともかく、今日はなんかゴキゲンナナメそうじゃん」


私の言葉に、は?と不審げに顔をしかめてから、藤はちょっと眉をあげた。


「……実はそうなんだよね。今日は一平が朝練の日でさ」


朝練の日はスクーターで送ってもらえないんだよね、と藤は口をとがらせる。


「おかげでこのクソ暑い中、長い坂を徒歩で上ってきてさ。マジ疲れた」

「あのね、私たち一般生徒は、毎日徒歩で坂上ってるんですけど。どんだけ体力ないのよ」

「あ、俺個人の体力で俺を計らないでよね! 一平の体力まで含めて、俺の体力なんだから」

「なに、その理屈」


呆れて突っ込むと、だってあいつ無駄に筋肉ありすぎだろ、と藤はおかしそうに笑った。


「サッカーバカなんだよ。図体ばっかデカくなってさ」


あいつ腹筋割れてるんだぜ、きもー!!とはしゃいで山本の悪口を言う藤の口調には、

なんだか微妙に違うイラ立ちを感じた。


「――とりあえず、山本はカッコいいよね」


私の言葉に、藤は一瞬驚いた顔をして、それから心底うれしそうに眼尻を下げた。


「なにいってんの」


――やっぱり、この笑顔には弱い。


藤は笑うと本当に無邪気そうで、瞳がキラッと輝いて、なんともいえない可愛い表情になる。

私は勝手に熱くなる頬をごまかすように顔をそむけ、小さく呼吸を整えた。


藤はまだ楽しそうに、あいつ毎日筋トレしてるんだよとか、

でも本当は年の離れたお姉さんに頭が上がらないんだとか、山本の話をしている。


ちょっとずつ、この思いを冷やしていかなくちゃ、と私は自分に言い聞かせる。

今なら、まだ間に合う。
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