背中越しの春だった
やっとホチキス留めが完了したプリントの束を職員室の城田さんのところへ届けた頃には、

すっかり空が茜色に染まっていた。

少しずつ日が長くなっているとは言え、さすがにまだ春で、日の入りは早い。

私はわびしく一人、カバンを持って廊下を歩いていた。


物理室の前を通りかかったところで、私はふと足を止めた。

なんとなく、人の気配を感じる。

何気なくドアの窓から中を覗いてみて、私は意外なものを目にすることになった。


物理室の大きな机の上に、片ひざを立てて藤が座っている。


私は思わず息を殺して、その横顔を見つめた。

藤は窓によりかかるようにして額を寄せ、窓の外を見つめている。

それはとても静かな表情だったけれど、あの底冷えする暗さではなくて、

もっと繊細な、寂しそうな顔に見えた。


私は思わず、物理室のドアを開けていた。


「……藤」

「あれ、マッキー」


不思議そうに顔をあげた藤は、次の瞬間、もういつもの笑顔に戻っていた。


「なにやってんの、こんな遅くまで」

「私はホチキスとデート」

「あ。またなんか仕事押し付けられたの?」


藤の顔にいたずらっぽい笑みが広がって、私も思わず笑い返す。


「城田さん、ああ見えて人使い荒くて困るよ。どんだけ大量のプリントにホチキスしたか」

「最高のデートじゃん」


ほんとマッキーって、いい意味で不器用だよねと藤が屈託なく言う。


「城田さんさぁ、マッキーがクラス委員でほんとよかったって思ってるよ」

「……それって、褒めてんの?」


もちろん!と笑った藤の目は、少し優しかった。
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