背中越しの春だった
「そうゆう藤は、ここで何やってんの?」


私の問いに藤は、読書、と簡潔に答えた。

確かに藤の手元には、丸められた雑誌がある。

何読んでたの、とそれを覗き込もうとすると、エッチなやつだよ、といたずらっぽく制された。



藤のすぐ隣に来ると、その窓からは、グラウンドで練習するサッカー部の姿がよく見えた。


「――山本を、待ってるんだね」


藤は一瞬驚いたように目を開いて、それからふっと微笑んだ。


「そうだよ」


ゼッケンをつけた山本が、ボールを追いかけているのがガラス越しにはっきり見える。


「でもただ待ってるだけじゃないよ」


どんだけケナゲなんだ俺、と藤はおかしそうに笑う。


「俺も一応部活動してんの、今。物理部だもん」

「物理部!?」

「俺、部長よ。創部者にしてブチョウ」


得意げな藤を、私は呆れて見つめる。

藤が物理部なんて意外だったし、しかも初耳だった。

みんな藤は帰宅部だと言っていたし、第一藤は文系クラスだ。


「……あんたさぁ、自由に使える部室と部費がほしかっただけでしょ。物理部って」

「あれっ、マッキー、意外と鋭い?」


からかって見せてから、藤はふっと微笑んだ。


「ま、意外ってこともないか」


その目はとても優しくて。

私は自分の心が震えるのが、はっきりわかった。



もうとっくに、後戻りなんてできなかったんだ。

自制がきかないほど、好きになってた。
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