背中越しの春だった
しばらくして、私も本当に驚いたのだけど、なんと山本一平が飲み物を運んできた。

店員の制服の黒シャツが明るいオレンジ色の髪に似合っていて、

きちんと腰エプロンもつけている。


藤が嬉しそうに、手をあげた。


「よっ。働いてるなぁ、勤労少年!!」

「異常に安い値段で団体が入ってると思ったら……おまえの仕業か」


呆れたように言って、山本は慣れた手つきでテーブルに飲み物のグラスを並べていく。


「え、山本ってここでバイトしてんの?」

「いや、ここ俺のねーちゃんと旦那さんがやってる店なんだよ」


タダ同然でこき使われてんだよコイツ、と藤が楽しそうに口を挟む。

その話を聞いて、私はなんとなく納得してしまった。

ここは山本の家族の店で、だから藤がこんなに心から楽しそうに、リラックスしていたんだ。


「おまえ、姉ちゃんにはさからえないもんな」

「うるせーな。おまえら、絶対汚すなよ! キレイにして帰れよ」

「任せろ。ソファの間にパン屑詰めてやるよ」

「コロス!!」


いつものようにふざけあってから、もーおまえ仕事に戻れよ!と藤が憎まれ口をたたき、

山本はじゃあ後でな、と笑って去って行った。

ちらりとその背中を目で追うと、グラスを下げたり注文をとったりする姿が、

なかなかサマになっている。


ふと藤と背中越しに目が合うと、彼はふふっと笑って見せた。


その満足そうな笑みを見て、私はちょっと安心して、

残っていたカクテルを一気に飲み干したのだった。
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