背中越しの春だった
このへんでいいかな、と藤が花火を丁寧に設置する。

そのいつになく真剣な横顔に、みとれていた。

目が離せない。


ふいに、藤がへらっとライターを差し出す。


「マッキーが火つけてよ。俺だと逃げ遅れる恐れが」

「……このヘタレが」

「マッキーの筋肉を信頼してるの!」


結局、私が火をつけにいった。


「三、二、……一!」


カウントダウンが起こる。

導火線に火をつけると、私は素早く藤のもとへ駆けもどった。

導火線が長いせいか、なかなか火が上がらない。

黙って花火を見守る私に、マッキーはオトコマエだね、と藤が笑った。


「筋肉といい、度胸といい。オトコだよ、ほんと。まったくかなわねー」

「あんたがヘタレすぎるんでしょ」


ひでぇ、と藤が声をあげて笑う。

花火を見守るその目が、ふいに細められる。


「俺は絶対、マッキーとは付き合わないな」


私は奇妙に冷静に答えていた。


「私とも、“誰とも”付き合わないんでしょ」


一瞬驚いた目をして、そして藤は静かに微笑んだ。

花火がはじける。

慌てて顔をあげると、ヒュル……と空へ上がった花火は、

パン、という寂しい音を立て、闇の中大輪の花を咲かせていた。


思ったよりキレイだね、と藤が瞳を輝かせる。

藤の水鏡のような黒い瞳は、とてもはっきりと、

花火の光と色を映し出していた。


私は、そっと思う。

大丈夫だよ。藤。

理由はわからないけど……私は藤のさわられたくないとこには、さわらない。


ふいに藤が私を振り返った。


「さすがだね、マッキー。クラス委員」


その柔らかな笑顔を、私は目に焼き付けた。

夏が、終わる。
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