背中越しの春だった
11、海へゆく
夏休みが早く終わればいいなんて願ったのは、

生まれて初めてだった。


やっとやってきた、始業式の日。

朝からうきうきと支度する私を、

家族は一斉に不審げな目で見てきた。


「……どうしたんだ、依子。毎年夏休み明けはダルそうな顔してるのに」

「なにかいいことでもあったの?」

「てゆーか、きもちわりぃ」


「きもちわりぃ」発言だけは聞き逃さず、

弟の頭を一発はたいてから、

私はすがすがしい気分で家を出た。


私の家から高校までは、徒歩十五分という好立地だ。

そもそも柿坂高校は、地元からなんとなく集まってきた人が多い。

私もその一人で、

うちの中学の出身者はたぶん高校全体の三割以上を占めていると思う。

藤は今はスクーター通学してるけど、本来ならたぶん電車通学組だ。

そういえば、藤の出身中学って聞いたことないな。


九月に入ったとは言え、

まだまだ日差しは夏真っ盛りの勢いを保っている。

この暑さでの柿高坂のぼりは相当ツライ。

まわりの生徒たちも、ダルそうな顔でのろのろ歩いている。

けれど、約一か月ぶりにこの坂をのぼることが、

浮かれた私にはなんだか幸せなことにさえ思えた。


気合を入れて坂をのぼろうとしたそのとき、

あのエンジン音が聞こえた。

そして次の瞬間、山本のスクーターが私の横を通り過ぎて行った。

一瞬だけ、藤の眠そうな横顔が見えた気がした。


小さくなっていく二つの背中を見送って、私はそっと微笑む。

藤の背中を見るのも、ずいぶん久しぶりな気がする。

とりあえず、目のはしにでも映っていてくれれば、それでいいと思う。
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