背中越しの春だった
教室に入るなり、ちょっと聞いてよ槙野、

と石本さんたち始め「藤片思い同盟」の面々の浮かない顔に取り囲まれた。


「夏休みさぁ、藤と海に行く約束したのね。

山本とか、サッカー部の連中も一緒に」


そう言えば、石本さんはサッカー部のマネージャーだっけ。


「そしたら見事にドタキャンだよ!」

「マジへこんだわ」

「夏カゼ引いたんだって」


くちぐちに嘆く女子たちに、私は思わず苦笑する。


「夏カゼは馬鹿がひくっていうよね」


独り言のつもりでつぶやくと、

思いっきり石本さんににらまれた。

こわっ!!


「しかも山本から藤が来れないって連絡がきてさぁー。

あいつはマジで保護者か!」


女子の一人の言葉に、私はふと山本の視線を思い出す。

確かにあれは、父親の視線に近いかもしれない。


藤の姿を探すと、男子たちに囲まれて元気そうに笑っている。

少しだけ日に焼けた気がするけど、華奢な体つきはそのままだ。

石本さんたちの視線に気づいたのか、藤がこっちにやってくる。


「もう、藤! 私たち、楽しみにしてたんだからね!」


女子の一人に責められて、藤はごめんごめんと笑った。


「いやー俺も海行きたかったんだけどさぁ。

マジ、今年の夏カゼは半端なかったから! 死ぬかと思ったわ!」


まず三十八度の熱が出て、次にガクッと熱が上がって、

と夏カゼのすごさを身振り手振りを交え熱弁する藤の可愛さに、

さっきまで愚痴っていた女子たちは、一気に笑顔になった。


「しょうがないなぁ」

「じゃあ、また今度、絶対行こうね!」


石本さんの言葉に、藤は軽くうなずく。

そして、さらりと話題を変えた。


「でもさぁ、花火!! 楽しかったよねー」


その無邪気な笑顔を、私は眩しく見つめていた。
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