背中越しの春だった
美雪としばらく同じクラスの喜びを分かち合ってから、ふと彼女の口元におさえきれないような微笑がこぼれた。


「ね、私たち、B組でちょっとラッキーかもね」

「え?」

「藤春輝と、同じクラス」


そう言われてようやく、私は自分の名前のすぐ隣に藤春輝の名前が掲げられていることに気付いた。

同時に、少し離れたところでひときわ目立つ集団から、歓声が上がる。


「藤、やったぁー! 同じクラス!」

「え、うそ。俺何組?」

「B組だよ、ほら」


派手な髪型と格好の男女に囲まれて、小柄な藤がケラケラ笑っているのが、奇妙にあざやかに私の目に映った。

女の子のように可愛い顔立ちの中でひときわ印象的な、黒目がちの大きな瞳が、真っすぐに掲示板を見上げている。


「私C組だよ……最悪!」

「藤、クラス離れても絶対遊びに行くからね!」

「一平は?」

「山本も違う。あいつ、E組」

「あ、ほんとだ」


まだ騒ぎ足りない様子の集団を横目に、美雪が少し頬を染めて笑った。


「かわいいよね、藤。仲良くなれるといいなぁ」

「そうだね」


確か私はそんな風に、適当に答えを返したのだと思う。
正直よく覚えていないのだった。


当時の私にとって藤春輝とは、小柄で可愛い顔をしてて、ヤンチャで明るくて、ちょっと有名な男の子――そして毎日、山本一平のスクーターの後ろに乗ってやってくる。

ただ、そんな存在だったのだ。


その後のんきに笑っているその少年が、自分にとってどれほど重要な存在になるか、何も知らない私はただ藤の横を通り過ぎるだけだった。


これが、たぶん物語の始まり。
< 6 / 68 >

この作品をシェア

pagetop