背中越しの春だった
顔を上げられずにそのままの体勢で固まっていると、

突然何かを思い切り頭にぶつけられた。


「いったぁー……」


思わず顔をあげると、ボールが落ちている。

誰かが忘れていったのだろう、

日に焼けてしなびた野球ボールだ。

これを思いっきり投げつけられたらしい。


見上げると、大きな流木を片手に持った藤が、

にやりと笑っていた。


「マッキー、野球やろうぜっ」

「や、やきゅう?」

「早く早く!」


どうやら、流木がバットの代わりらしい。

藤に腕を掴まれて、私はためらいながらも立ち上がり、

ガキみたいな野球が始まった。


夕焼けが近づく砂浜の上、藤がボールを投げる。

私は、思いっきりバットを振る。

ボールは見事に芯に当たり、大きく飛んで行った。

さすがマッキー、と藤が笑ってボールを追いかける。

私を振り返る白い頬が、夕焼けに赤く染まっている。


最初はイヤイヤだったけど、だんだん二人とも本気になって、

かなり熱くなってはしゃいでしまった。


藤は本当に運動神経が悪くて、

ボールを投げればノーコンだし、

バットを振れば空振りしまくり。


そのたびに私が爆笑するものだから、

藤はすっかりスネてしまって、

ふいに私のところへやってきて、

いきなりケツをバットで打ち始めた。


「きゃあぁぁっ、ちょっとやめてよ!!」

「オマエほんといいケツしてるなー」


きゃあきゃあ逃げ惑う私を、

藤が流木を振り回して追いかけてくる。

苦しくて、おなかが痛くなるくらい、笑い転げた。


空気までほんのり赤く染まるような、

茜色の空と同じ色の海を背景に、

私を追いかけて走る藤の、あの笑顔は、

今でもはっきりとまぶたの裏に焼き付いている。


ああ……。

もしかしたらこのときが一番、幸せだったのかもしれない。

それほど、美しい記憶。
< 64 / 68 >

この作品をシェア

pagetop