背中越しの春だった
目指せ山本、ってカンジか……と自嘲しながら廊下を歩いていたら、

その山本に呼び止められた。


「槙野」


軽く手を振って近づいてきた山本と、

まともに話すのはそれが初めてだったかもしれない。

すらりと背の高い山本は、

夏の間にいっそう日に焼けていて、

白いポロシャツがよく似合っていた。


「聞いたよ、ハルから」

「え?」

「ハルと海行ったんだって? 俺のスクーターで。俺の十八万したスクーターで」


「あ……はは。すみません」


山本の笑顔が怖い。

私は素直に謝っておいた。

すると山本は、ふっと軽く微笑んだ。


「まぁ、大事にしてくれるならいいよ。一応心配でさ」


――それはスクーターのことだったのか。

それとも、藤のことだったのか。


「楽しかった?」


山本にそう聞かれて、

バットで暴行を受けましたとグチると、山本は爆笑した。


「笑いごとじゃないよ! ずーっと追いかけられて、ケツ殴られまくったんだから」


思わずムキになって言うと、

山本はますますおかしそうに、

それ見たかったわ、と笑った。


ひとしきり笑うと、

山本は満足そうに私を見た。


「いいねぇ。槙野」


そして声をかけてきたときと同じように軽く手を振って、

山本は行ってしまった。

その大きな背中は、

なぜだかとても嬉しそうに見えた。
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