ディスオーダー【短編集】
「だれかいませんかー?」
ここに私以外は誰もいないだろう。と頭では分かっていても、心細さのせいか、一言、また一言と声をあげる。……しかし、返ってくるのは痛いほどの静寂のみ。
こんなふうに何度も声をかけてしまうのは心細さのせいだけじゃなく、万が一にも私の目の前に人が現れたとして、不法侵入扱いをされないための防衛策の他ならない。
何か文句を言ってくるようなら、「声はかけた」と言い返せばいいんだ。本当にこうして声をかけているのだから、なんの問題はない……はず。
一歩、また一歩と中に足を踏み入れれば、そのたびに応えるように床の木の軋む音がギシギシと鳴り響く。
床に穴が開かないことを願いながら、私はおそるおそるフロントカウンターであろう台の前へとやってきた。
何か無いかと視線を落としてみると、宿泊客であろう来訪者の名前を書くリストと、古びた黒い手帳が置かれている。
来訪者のリストを覗くと、そこには外国人から日本人までの様々な名前と、チェックインの時間などが書かれていた。
1番下に書かれている名前の欄は筆跡も色褪せてはおらず、ごく最近に書かれたように新しい……ようにも見えた。
そりゃあまあ……最も古い字と見比べたら、多少は古くても新しく見えてしまうものなんだろうけれど。