ジュンアイは、簡単じゃない。




「………。あの…、借りてたジャージ…。ありがとう。」


「………。」


おずおずと差し出した紙袋を、彼は無言のまま…受けとる。




「ねえ。さっき職員室で……」


「………。こっちに火の粉飛んで来そうだったから、先手打っただけ。あの状況であんたが俺の名前出さないとも限らないからな。口、軽そうだし。」


「……ああ……そう。……………。」

とことん私のイメージは悪いって訳ね。



「それだけか?」



「あともうひとつ。昇降口で会ったとき……知らないふりしたよね。……何で?」


「知り合いだなんて言ったら面倒なことになるのは目に見えてる。」


「……別に…何もしやしないのに…。」






「「………………。」」





沈黙が……重い。





「お礼を言おうと思ったけど…、どうやらその必要はないみたい。」


「礼?」


「昨日…、迷惑掛けたお礼。それから…、保健室につれてってくれたお礼と、進路相談に乗ってくれたお礼?」



「…………。」



「人に嘘は嫌いだと言いながら…、自分を擁護するために、簡単に嘘をつく。どういう神経してんの?」


「……………。あんたも助かっただろ?話も聞いてもらえず不満そうな顔をしてた。」



「……確かに、そうだけど…。」



「それが納得いかないんだったら、あの場でウソだと言えばいい話だ。そんな勇気もないヤツを…庇う義理はない。」



「……………。」




「それに。馬鹿とハサミは使い様っていうだろ。」




馬鹿と……ハサミ…?



私は……物だって言いたいの?!





「………最っ低…。」




「…………。」



「少しはいいヤツかもだなんて思ってた私が馬鹿だった。」



「………。その通りだな、自覚あるなら…直せばいい。最も…、そんな気もなさそうだから…救いようもない。」



「…………。あんた…、馬鹿を馬鹿にしてるでしょう?」


「…………。」


「火事場の馬鹿力って言葉があるでしょう?そうやって見下してばかりいるけど、とんでもない力を発揮する事だってあるんだから!いずれは、火の粉どころか…、大きな火の渦に巻き込まれて…アンタは大火傷よ!」



「……………。馬鹿の一つ覚えだな。」




「………は?」




「それは、窮地におかされた人間が発揮する力だ。…まあ…、こんな時期に、32点なんてとって、呑気にも紙飛行機を飛ばしてるくらいだ。追い込まれるようなこともなく、楽して生きてるアンタに使われるようなことわざの方が…気の毒になるよ。」



「……………!!!」



「あとは…?」



「……え……。」


「まだ不満そうだけど。」



「…………………。冷血漢…。」




「…………。」



「人でなし。……鬼…、……どてかぼちゃ。」



「……まるで…幼稚だな。アンタとじゃあ話にならない。それから…役立たずで悪かったな。俺の知っている知識はお前の生きる世界では…意味を為さない。それを…わすれてたよ。」



「……………?はい?」


役立たずだなんて……。突然、なに?






「…じゃあな。もう二度と関わることはないだろうけど。」



「……………こっちこそ、願い下げよ!い~~~だっ!!」




最高に顔を歪めて見せつけると……。





最後の最後、これまで崩れることのなかった鉄仮面が……微妙に…変化を帯びる。




恐らく……、怒りMAX…!!









「…………。何しに来たんだ、私…。」



気持ちに踏ん切りをつけたいだけだった。


一言、スマートに。



「ありがとう。」と…



それだけ言えれば十分だった。







最悪なのは……あっちだけじゃない。



子どもみたいだ…、私。










セナくんの背中を…ただ黙って見送る。



すると…、教室から出てきた白川さんが、彼に腕を絡めて……



また、耳打ちする。



「……………。」





あ…。セナくん……笑ってる。






じっと見ているのに気づいた白川さんは、くるりと振り返り…、私に軽く会釈した。


つられて私も…頭を下げる。






セナくんは、もう…


こっちをみようとはしなかった。




仲良さげに話しながら……彼らの姿は、次第に小さくなっていく。




踏み込むこともできない……遠い距離。




セナくんが言う私の世界と、セナくんのいるあっち側の世界には……みえない境界線がある。





結局……それを確認しただけ。




今さら、落ち込んだって……それこそ、意味がない。









「…………。きん……。」


いつの間にか、私の背後には……


モモちゃんの姿。





「……モモちゃん…。いたんだね。」



「ん。…ごめん、こんな楽しそうなこと、みない手はないなって…こっそり覗いてた。」



「……………。」



「アンタには……私がいるよ。」



「……うん。」


「頼りないけど、力だっている。」


「…………うん。」



「あんなお堅い頭の男に…何がわかるっていうの?……聞いてくださんな。」


「………うん。」



「………帰ろっか、ホームに。ここは空気が悪い。ついでに胸くそ悪いわ。」


「はは…、モモちゃん、口悪いよ?」


「あの男ほどじゃないわ。………行こう。」



「………うん…!」








じわりと目に熱いものが…込み上げた。




大きな自己嫌悪。




そこから救いだしてくれたのは……。




やっぱり、大好きな仲間の……笑顔だった。


















< 29 / 72 >

この作品をシェア

pagetop