《完結》アーサ王子の君影草 ~ラインアーサの些かなる悩み事~
 硝子の破片が刺さったままの箇所が脈を打つ。床に血液が流れ広がってゆく。しかしそんな事よりも、今は扉の向こうからスズランが出て来てしまわないかが心配だ。医務室へと戻ろうとするも全身に激痛が走り床に這い蹲るラインアーサ。

「……っ」

「急所には当ててないから心配ないよ。ラインアーサ、君は僕の命の恩人なんだ、殺しやしない。むしろ君の事は大好きだからね、、万理(マリ)の次にだけど…」

 ───マリの次。マリと言う名はハリの双子の姉の名だ。やはりハリは姉であるマリを、家族を探す事を諦めていない……。ラインアーサはそう思いたかった。

「っ…ハリ! スズランに、何かしたら…いくらお前でも赦さない…!!」

 ハリに強い視線をおくるが、冷たく見下される。

「へえ、そんな顔も出来るんだ。馬鹿が付くほどお人好しの癖に。ふふ…。赦さない、ね。せっかくこの(つがい)の首輪を鈴蘭から外してあげようと思ったのに?」

「外せるのか!?」

「知りたい…? 外し方」

 美しく口角を持ち上げるハリ。しかしその双眸は暗く、危険な闇を湛えている様だった。

「…っ!」

「もちろん許婚の相手である僕にしか外せないけどね…。どうせ鈴蘭も、この首輪の所為で大変な事になってるだろう? 僕だって今後ずっとコレに悩ませられるのはたくさんなんだ。こんなくだらない物、外させてもらうよ」

「もしかして……ハリも、首輪飾りの影響を受けてるのか?」

「……ルゥアンダ帝国の連中はろくな物しか生み出さない…」

 質問に答えず忌々しげに呟くとおもむろに医務室の扉へ向かうハリ。

「待てっ…!」

 その場から動けずにいるラインアーサを焦らす様にゆっくりと扉を開き、中へと足を踏み入れる。ハリは振り向きざまにラインアーサを見やると妖しく冷たい微笑を浮かべた。
 扉の僅かな隙間から中の様子を探るもスズランの姿は見えない。

「すぐに済むからそこで大人しくしてればいい」

「駄目だ! ハリ…!! やめろっ、痛ぅっ…!」

 ラインアーサの声も虚しく、医務室の扉の施錠音が廊下に響く。追うべくして何とか立ち上がると腕や足の至る所に突き刺さっている破片から生暖かい血液が大量に流れ出ては激痛を走らせた。

 ひどく胸騒ぎがする。今のハリをスズランと引き会わせてはいけない、そう強く感じながら引きずる足で扉を目指した。

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