《完結》アーサ王子の君影草 ~ラインアーサの些かなる悩み事~
「わたし……仕事に戻るね」

 スズランはセィシェルを押し退けると酒場(バル)の中へ早足で戻って行った。

「待てよ! 俺も戻るって……スズ!! おい、変態! スズはあんたなんかに絶っっ対渡さないからなっ!」

 そう振り向きざま吐き捨てながらセィシェルも酒場(バル)の中へと走り去った。
 ───本当はわかっていた筈だ。ただ認めるのが怖くてそれらしい理由を付けていただけで、誤解を解きたいのも、嫌われたくないのも……この酒場(バル)に毎日通ったのも……。
 スズランが初恋の相手だからではない。王宮の森で再び出逢った時からずっと心がざわついていた。花が綻ぶ様に愛らしく笑うあの顔をラインアーサにも向けて欲しくて躍起(やっき)になっていたのだ。
 見た目と中身が少し不均衡で見ていると危なっかしい。まだあどけなさが残っている癖に妙に色気のある表情をする少女。口付けた時、花の様に甘くて透明感のある香りがいっそう濃くなり脳が痺れ、なんとも言えない幸福感で満たされた。スズランがその場にへたり込むまで離せなかった。
 セィシェルがスズランの頬へ唇を寄せた瞬間、酷く心がざわついた。自分の行為は棚に上げ、目の前がカッと熱くなった。
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