《完結》アーサ王子の君影草 ~ラインアーサの些かなる悩み事~
 ───スズランの事を。
 この森の先は酒場(バル)の裏庭へと続いている。数刻前、そこでスズランに無理矢理口づけをした。そして初めて自身の気持ちに気が付いてしまった。だが気付いた所でスズラン本人には嫌われたままなのだ。
 ラインアーサは自分の気持ちに蓋をする様に瞳を閉じようとした。しかしその瞬間、森の樹々が微かに揺れた気がした。気のせいかも知れない。にも関わらず、ラインアーサの足は一人でに駆け出していた。素早くマントを羽織り王宮の横庭へと急ぐ。
 庭に出ると、ひんやりと静まり返った夜半の空気が肌を刺しラインアーサは肩を窄めた。早足で庭を抜ければ小鳥の囀る昼間とは違い、代わりに虫の鳴き声と小川のせせらぎが辺りに響いていた。
 やはり気のせいだったのだろう。こう冷えた空気に長くあたれば風邪を引いてしまう。

「はあ、、何やってんだ、俺……」

 ラインアーサは複雑な気持ちでその場に立ち尽くし、美しく空に浮かぶ望月を眺めた。
 暫くそうしていると背後に人の気配を感じ、勢い良く振り返る。その先にはラインアーサが想い浮かべていた人物が小川の石橋の中央に佇み、同じ様に空を見上げていた。
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