◎☆ Margaret*
「那由太、おはよう。」

今日もいつもと同じように病室に入る。
珍しくまだ寝ている那由太さん。

いたずらしたくなった。

病室のペン立てからペンをとる。
那由太さんの手を静かにとって
手の甲に落書きをしてみる。

“だいすき”

変わらない、揺るがないわたしの気持ち。

那由太さんが起きた。
「おはよう、那由太。」

「…ん、はよ」

「ふふ、那由太の手…」
あ、そうだった。
那由太さんは目が見えない。
こんないたずら無意味だ。
こんな落書き無意味なんだ。

いつになっても慣れない現実。
そろそろ慣れなきゃ、わたし。

「どうしたの?」
「なんでもないよ」

笑顔を造って泣いてもバレない。
きっと。

ベッドに座って那由太さんに寄り掛かる。
背中に頭を委ねてみる、
那由太さんの背中は広い。

でもきっと事故の前はもっと広かった。
病院生活のせいで少し痩せてしまった。

背中に指で文字を描く。
伝わればいいと想いを込めて。

“だいすき”

「ふふ、くすぐったいよ真衣」
きっと伝わることはない。

笑顔を造れば造るほど涙がこぼれる。
那由太さんはこっちを向いて
じっとわたしを見つめる。

そして笑顔になって囁く。

「俺も、大好き。」

途端に愛しい気持ちが溢れ出す。


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