『華國ノ史』
 三日月城塞は鍋をひっくり返したような騒ぎとなる。


 橋向こうの城に煌皇軍ボーワイルドとフェネックの旗が並んで掲げられたのだ。


 橋を挟んだ側の騒音と双子の魔法使いが呼び出した年老いた白い鷹の精霊により、

 華國軍は敵がこちらを圧倒する兵力であると知る。


 しかし、三日月城塞に集まった軍の誰一人も即時撤退を口にする者はいなかった。


 自分たちの意志で志願し、引くに引けない理由を持つ者達ばかりであったからである。


 これにはボーワイルドも気づきはしなかった。


 東に戦力を集中させていると分かっていたボーワイルドは、

 魔法都市を襲撃したように奇襲をかける事をしなかったのだ。


 圧倒的兵力差をもって無血開城を促すつもりであったのだ。


 何より橋を落とされる心配が無くなり、また橋を駆ける手間が省けるからであった。


 現に、この時ボーワイルドは切り立った山頂に上った西関所防衛兵から華國軍の兵数の報告を受けている。


 「 千 対 二万 」


 戦にもならぬと使者を立てたボーワイルドは驚愕する。


 圧倒的弱者である三日月城塞の上で義勇軍の団長エイブルスが叫んだ。


「我等が同胞を強襲し、

 市民をも虐殺した蛮族と交わす言葉は無い!

 選べ!

 退却か、それとも死を!」


 エイブルスの怒号に答え三日月城塞の城壁では各軍団の旗が高々と掲げられ、

 
 全員が一斉に武器を空へと付きだした。

「オオオオオー!」

 華國軍陣営から凄まじい声が渓谷を震わせる。

フェネック
「正気か?あの数でやろうってのか、相手は我々だというのに?」


ボーワイルド
「士気の高い少数軍を甘く見るな、何かに殉ずるという自己陶酔をしている奴らは強い。

 さもなくば、隠した何かがあるか、或いは罠か」


フェネック
「橋を落とされますかね?」


ボーワイルド
「追い詰められたら必ず落とす。

 例の者達は後方へ下がらせておけ」

フェネック
「それは既に完了しています」

ボーワイルド
「敵に悟られぬよう攻城兵器と部隊を前へ、

 早速だが王から頂いた秘宝も使ってみるとしよう」

フェネック
「あれを?もったいない」

ボーワイルド
「良い酒だって飲まなきゃ味が分からんだろう?」


フェネック「それもそうですね」

 思いもよらぬ戦闘でボーワイルドは多少の怒りを覚えていた。
 
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