『華國ノ史』
無邪気な決意
あらゆる境界が霞み程度の壁しか無かった時代、2つの強大な大国が陸を分かつ舞台での物語。
以下は今でも花咲き栄える王国の民に一番愛されている史実。
子供達は皆、寝る前にこの話を聞かせてくれと親にせがむ。
親は子に、子はまたその子に語り継ぐ。
皆は満天の夜空を見上げて思いにふける。
1人の偉大な星の魔法使いの姿を想像しながら……
【華國史】第参巻
~星の魔法使いの章~
幼少期
多くの由来ある星座が滴り落ちそうなまでに見下ろす大地には、黄金色をした淡く光る稲穂がその頭を垂れる。
暦では秋であったが、未だに生ぬるい風が稲穂を揺らし、星の瞬きに合わせて緩く踊っていた。
月こそ雲に隠れてはいたものの、星達が代わりに地面を青白い世界をまだらに映している。
あたかも普段は大きな月明かりのせいで自分達が矮小な存在では無い事を証明するが如く、取り戻そうとしているかの様だった。
はるか遠く一面に広がる稲畑の中央には、ぽつりと緩やかで小高い丘がその顔を覗かせる。
多種多様な菜園がしげる丘の上には、塗り直したばかりの白い壁に、汚れた赤い屋根を乗せた小屋が建っている。
陽は山に吸い込まれ、夜もふけているというのに小屋からは油ランプの包み込む様な光が小屋の隙間から外へと不規則な筋を成していた。
いつもとは雰囲気が違う小屋を、そこに飼われている無数の家畜達が丘下から何事かと見上げている。
小屋の外には長い簡素な作りの木製ベンチが置かれていた。
そこに四人の男達が座っている。
彼らは一つの家族であった。
一人は背の高い子供、もう一人は太った子供。
その父であるがっしりとした体格の男、そして老いて白髭を蓄えた二人の祖父であった。
四人は一言も話さず、ただ黙って星に照らされ揺れ続ける稲畑を眺めていた。
始めに沈黙を破ったのは太った子供であった。
太った少年
「大丈夫かな~?長いな~」
祖父
「大丈夫、こんな穏やかな夜は何も起こらない、大丈夫。
どれ、星に願いをかけておこう」
そういうと祖父は星に祈りの言葉を捧げ、父は両手をしっかりと握り締め頭にやり、神に祈りを捧げた。
しばらくして、女のうめき声と共に小屋の中から幼く、力無い泣き声が起こった。
二人の少年
「生まれた!」
二人の子供は同時に立ち上がり、父は涙を流し、祖父は星に感謝の言葉を送った。
しかしすぐに赤子の声は止み、女性の悲痛な叫び、そして泣き声が聞こえた。
二人の少年は悔しそうに膝を抱え涙をぬぐい、父は声を殺して泣いた。
祖父は髪を振り乱し星に呪いの言葉を吐いている。
だがまた少し間をおいて赤ん坊の泣き声が再度響く。
するとまた女性の叫び声。
小屋の外にいる男達はそれに一々反応しては一喜一憂した。
一体どうなっているんだ?
七回目の後、女性の泣き声は聞こえなかった。
男達は疲れ果て、事の始めと同じ様にベンチに腰掛けて静かに待った。
小屋のドアがそっと開かれ中の灯りが辺りにもれる。
その光に反応した男達が一斉に扉を見た。
太った少年
「おばさん!生まれた?」
「生まれたよ、こんなの初めてだわ」
そう言うなり助産婦らしき女性はその場に座り込んだ。
我先に小屋の中に駆けていく男達。
星はいつもより光輝いてそれを見守っている様だった。