『華國ノ史』
 戦闘前に華國王都の城壁では、この先の運命を変えた出来事が起こっていた。


 その主人公は王であるブレイブリーと、一人の庭職人であった。


 ブレイブリーは白旗を掲げ、最後の別れを惜しむように民と都を見ていた。


 そこへ、一人の庭職人が枝を切る鎌を持ちおぼつかない足で王の前に立った。


 制止させようとする近衛兵を王は手で止めた。


 庭職人は真っ直ぐな目で王を見つめ、また王も見つめ返していた。


 駆け寄る一人の街娘


「父は口が聞けないんです。

 庭を手入れしている時に落ちてしまって、

 それで…」


ブレイブリー
「覚えているとも、

 良い仕事をしてくれた。

 私の心を豊かにしてくれた。

 ブルー…だったな?」


 男は泣きながら王へと歩み寄った。

 
 それは一介の庭職人の名を覚えていたからという理由では無かった。

 
 男は鎌を振り上げる。

 
 剣を抜く兵と駆け寄る民をブレイブリーは大声で止めた。


ブレイブリー
「それでいいブルーよ。

 どうせ首を落とされるのなら、知った者の方が良い」


 ブルーは震える手で鎌を降り下ろし白旗の柄を切った。


 それを掴むと全力で城壁下へと投げ落としたのだ。


 庭師は華國の旗の柄も切り、懸命に皆に向かって降り始める。


 痛めた足でよろめきながら彼は必死になって声にならぬ思いを吐き出していた。


 ブルーは泣いていた。

 
 今までの楽しい思い出を胸に、ここまで民を思う王に感動していたのだ。


 彼は処罰を受けるかもしれない、戦闘を反対する者に殺されるかもしれない、

 しかし、彼は動き出した心を隠し通すことは出来なかった。


 良い人生だったと、胸を張って死ねるとそう思わせてくれたのもこの街のおかげであった。


 直ぐに近くの者が彼に駆け寄った。

 
 ブルーは覚悟し目を瞑ったが、感じ取ったのは持っていた旗が軽くなった感触。


 更に激しく動かされる躍動。

 
 次々に聞こえる旗が風にたなびく音であった。

 
 皆はそれらに呼応し、兵士ですら旗を持ち始めた。


「そうだ戦おう!」

「ブルー!万歳!
   王よ戦いましょう!」

    「俺達が戦いたいんだ!」

「お願いします王よ!」
    
   「あいつらに華は勿体ない!」
   
「守ろう!華國を、命をかけて!」

 
 この勇気ある庭師の行動で華國は天を突く程に沸き上がったのだ。

 
 先程まで威厳のあった王の顔は、しわくちゃになり、

 涙が頬を伝っていた。

 
 王の剣を握る力は増し、皆は剣に合わせ声を上げた。
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