『華國ノ史』
 レアの率いる雪狼族は戦闘の繰り広げられる渓谷を進み、

 まだ崩されていない煌皇軍の防御陣前にたどり着いた。

 
 雪狼の戦士は五十。

 異様に盛り上がった肩。

 血管が浮き出た太い腕。

 
 誰もが一目で分かる程の武者振りであった。


レア
「盟約に従い我々は戦う!

 だが、これは盟約以上の意味がある。


 これ程の試練は人生で二度と無いだろう!

 勇気を示せ!力を見せてみろ!


 全ては女神の為に…」


 レアは剣を背中から外すと前へと進み出た。

 
 雪狼族達は声を出さなかったがレアの声に気力で応える。

 
 獲物の前で声を出す狩人は誰一人も居なかったからだ。

 
 人の二倍はあろうかという巨大な狼に立ち向かう彼等は、

 自分達よりも数が多い相手に挑むのに一切躊躇が無かった。


 凄まじいスピードで襲い掛かってくる魔狼の爪に比べれば、

 突き出される槍はどれも幼稚に見えた。


 丈夫な毛と、厚い脂肪を纏った狼の体を思えば、

 薄い鉄の鎧は何の意味も持たない。


 彼等はその力を両軍に見せつけた。


 魔人と対を成すと言われた山脈の王族達は存分に暴君ぶりを知らしめ、

 その強さの伝説が事実である事を煌皇軍は身を持って知った。


 レアは将軍レイナスを葬った事実がただの運ではなく、

 実力であった事をまざまざと証明して見せた。

 
 そして、煌皇軍は撤退の合図を待たずに防御陣を崩され引き上げを開始する。

 
 トリートは急ぎリンスのいる砦へと向う事が出来たのである。
< 231 / 285 >

この作品をシェア

pagetop