愛 うん、悪くない響きだ
レイラには婚約者がいる。

いるのだ。

そう、いる。


それは幸せな事ではないか?

レイラはプロポーズを受けた時、涙を流し喜んだ。

幸せを噛み締める、まさにこんな言葉がピッタリ。


あぁ、婚約者の名前を決めよう。
名前は何でも良いんだ。


「ケン」


実に安易だが、覚えやすくて良いだろう。


レイラはケンからのプロポーズを受け、幸せな気持ちにいっぱいになった。

3年前に……


そう、レイラはケンから3年前にプロポーズを受けたのだ。

指輪も貰った、親への挨拶も終わっている。

なのに、何故か結婚しない。


なぜなら、ケンはプロポーズをした日に仕事も辞めたからだ。


「俺、仕事辞めた」

「え?」

「だから、仕事を辞めた。あんな職場じゃ養えない」

「何言ってるの?」

「だーかーらー、仕事を辞めたって」

「違う!結婚するのに何で勝手に仕事を辞めるの!何考えてるの!」

「だから、結婚するために仕事を辞めたんだろ。もっと良い所に就くから」

「意味が分からない!相談もなく!」

「あぁー、もう話しても仕方ないから切るよ」


電話で衝撃的な報告を受けたレイラは大混乱。

確かにケンの仕事は不安定。
それに、小さな小さな会社で危なかったしい所はあった。

しかし、レイラはそんな事どうでも良かったのだ。

「私がやります」

レイラの口癖。
ケンだけじゃ無理なのは分かっていたし、大きなモノなど望んでいなかった。

ケンとは学生時代から付き合っているので、付き合い期間だって長い。

その間、ケンの浮気が原因で何度か別れていたがレイラはケンが好きだった。

だから、ケン以外に目移りをした事はなく、レイラに寄ってくる男性なんか全く相手にしなかった。

ケンだけしか知らなかった。


男の人は、こういうものだとレイラは思っていたのだ。

それに、ケンが浮気を繰り返していたのも若い頃。

今は落ち着いて、レイラだけを見ていてくれていることに満足していた。


そもそも、レイラが大企業に就職し必死に働いたのもケンとの将来のためだった。

「私が基軸を作らないといけない」

恩着せがましいと言われればそうだが、レイラにはレイラなりの考えがあったのだ。

過去の事は水に流し、信頼関係を作り上げ、やっとケンと一緒の人生を歩めると思った矢先の出来事だった。

それからの毎日は、喧嘩というよりはレイラの一方的な問い詰めが始まった。


のらりくらりと交わされ、最初は必死だったレイラも自分の仕事が忙しくなり、ケンへの問い詰めを止めていくようになった。

しかし、レイラは期待していたのだ。

「いくら何でも、仕事に就く」

レイラはケンを分かっていなかったのかもしれない。

ケンは三年間無職を続けるという快挙を成し遂げたのだ。

レイラは分かっていた。

「別れた方がいい」

しかし、踏ん切りがつかない。


指輪を突き返し、本気で訴え離れた。
しかし、ケンは平然としていた。

ケンの口癖はこれだ。

「分かってる」


分かってる奴が言う言葉ではない。

レイラは自分の意志の弱さと意地でケンから離れなかったのだ。

レイラは愛され甘やかされるという経験をした事がなかった。


これは恋愛に限らずだ。

レイラは両親から精神的、肉体的暴力を受けて育った。
兄弟の一人は、レイラと同じく心の病の末に自殺。

弟の面倒をレイラは、ずっと見てきた。


両親は、いきすぎた酒、ギャンブル、暴力に喧嘩。

毎日が大騒動。

母の口癖はこれだ。

「子供なんて産むもんじゃない」

父の口癖はこれだ。

「良い大学に出てない奴はしれてる」

ちなみに父は大学にすら行っていない。


レイラの家は金はあった。


大学まで出させてもらっているのだから文句なんかいえない。

レイラは堪えるということが、当たり前のような所があり、非常に自己評価の低い女性であるのは間違いない。

「暴力を振るったり、怒鳴ったりしないだけマシ」

と、レイラはケンに訳の分からない言い訳をつけて自分を納得させていたのだ。

さて、レイラ。

この女性をあなたはどう思い考える?

見ていて鬱陶しい女だ。

同情する。

頭が悪すぎるだろ。

いや、環境が悪いよ。

様々な意見があるのではないか。

レイラ個人の話しだ。

次はケン、つまりレイラの婚約者について綴ろう。
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