ウサギの配達屋
「……テト」
ぼくが名前を告げると、配達屋の恰好をしたうさぎは嬉しそうに目を細め、長く立派な髭をぴん、と伸ばした。
「わあ! いい名前だね。僕はブラウニーっていうんだ、よろしくね」
それで、とブラウニーが続ける。
「テトはこれからどこに行くんだい?」
……どこに、向かっているのだろう。
そもそも、ぼくはいつこの列車に乗り込んだのかも覚えていない。行き先もわからず座っているが、本当は早く降りてしまって家に帰ったほうがいいのかもしれない。けれど、腰が座席にくっついてしまったかのように動かない。本当は、家に帰りたくないと思っているのだろうか――。
そんなぼくの思惑を読んだかのように、大きく頷いて、
「僕はね、これから手紙を届けに行くんだ。たくさんの手紙だよ。伝えられなかった言葉がね、僕のもとにたくさん届くんだ。よかったら手伝って欲しいんだ。それはもう、いっぱいあるからね。
……それとも、テトはその手紙を直接渡したい人がいるのかい?」
白いふさふさの指がぼくの手元を指す。
いつのまにか、ぼくは手紙を握りしめていた。水に濡れたような跡がある、皺くちゃな手紙。
――水。
なんだろう、水を見ると、とても不安な気持ちになる。
「……テトはね、溺れたんだよ。夜、家を飛び出して、足元をすべらせてそのまま川に落ちたんだ。
きっと、今頃みんなが必死でテトを探しているよ」
ブラウニーは列車の中を視線だけで見渡して、
「ここにいる人たちは、みんな僕に手紙を渡しに来た人。手紙を自分で出せずに迷って、ここに辿りついた」困っちゃうよね、とブラウニーは呟く。
大きな鞄を大切そうに抱えこみ、「だからこんなにいっぱいになっちゃった」と笑ったように見えた。
「――ぼく、帰らなくちゃ」
でも、生きてるのかな。
溺れてこんな場所に迷い込んでしまったということは、本当のぼくは今頃死んでしまっているのではないだろうか。戻ったとしても、自分の死体を見るだけに戻るなんて、そんなのは嫌だ。
ちゃんと、お母さんに伝えなくちゃいけないこと、あるのに。
野菜コロッケも、本当は好きだって。
「大丈夫。このまま終点まで行けば、テトは帰れるよ。でもそうだなぁ。それまで、僕やみんなの話し相手くらいにはなってくれるよね?」