氷の魔女とチューリップの塔

森を抜けて

見渡す限りの森の中、進む小柄な影一つ。

スリサズ。

古の言葉で“氷の巨人”などという豪勢な意味の名前を持つ、十四歳の銀髪の少女。

いかにも旅慣れた丈夫なだけの服装に、不釣り合いに装飾的な紋様だらけの杖を携え、飛び出た枝を払いのけ、とがった草を踏み分けてゆく。

「よっ、と!」

厚手のブーツに包まれた足が、張り出す木の根を踏み越えて、破れた石畳に着地する。

(オッケー。こっちで間違ってないわね)

その感触にスリサズは満足そうに微笑んだ。

それは、この道がかつては舗装する価値のある街道であった証。

遠い昔、この道の先に、小さくとも美しい国が栄えていた印。



三十年ほど前、道に迷った狩人が、森の奥で不思議な塔を発見した。

狩人は、塔の周囲に季節外れの花が咲き乱れている様子にただならぬものを感じ取り、何もせずに逃げ帰った。

その話を聞いた村の若者の一団は、狩人の臆病さをあざけり、塔の場所を聞き出して、意気揚々と向かっていった。

しかし彼らは一人も帰らず、彼らを捜しに行った別の若者達もまた、そのまま消息を絶った。

以来、狩人は、塔の存在を隠すようになった。

新たな救助隊が結成されても、塔の話は作り話だったと言い張り、若者達の家族に問い詰められも、彼らは熟練の狩人ですら迷うような道で遭難をしただけだと答える。

塔の存在を信じる者、信じぬ者、誰もが狩人をウソツキと呼び、やがて狩人が望む通り、誰も彼を相手にしなくなった。

しかし先日、病に倒れた死の間際、狩人はついに塔の場所を明かした。

『あの塔は呪われている。塔に行った若者達が生きているとは思えないが、せめて遺体を見つけて弔ってほしい』

そう言い残して。



いったいどんな物好きならば、そんな望みに応じるだろう。

若者の家族も年を取り、自ら捜しに行く力はない。

かと行って人を雇うにも、貧しい村が出せる報酬などたかが知れている。

それでいて危険だけは確実にある。

亡き狩人の願いは、半ば笑い話のように、流れ者の傭兵や行商人の間に広まって…

そしてスリサズの耳に入った。

わずかな木漏れ日が射すだけの、昼なお暗い、森の道。

この荒れ果てた石畳の上をスリサズが進むのは、善意でも報酬のためでもない。

季節外れの花に囲まれた謎の塔を、伝説の小国の遺跡と読み、遺骨拾いの報酬なんかよりもよっぽど金になる物が眠っていると踏んだのだ。
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