氷の魔女とチューリップの塔
はやる気持ちを静めるように、木の葉を揺らす風が、いくぶん涼しさを増す。

日暮れまでまだ間はあるが…

(無理をするのはプロじゃないのよね)

スリサズは小さな背中から馬鹿デカいリュックサックを下ろし、ゆったりとキャンプの支度を始めた。

皮袋から食料を取り出す。

一般的な冒険者ならば定番は干し肉だが、スリサズが持ってきたのはカチコチに凍ったシチューだった。

決して寒くはない季節。

朝からずっと歩いてきたのに、解けた様子は見られない。

スリサズはそれを、慣れた仕草で鍋に放り込み、焚き火にかけた。

湯気が立ち上ぼり、おいしそうな匂いが広がる。

焚き火の煙の行方を目で追い…

自分が進もうとしている方角から、もう一筋、別の煙が上がっているのに気がついた。

(ヤバイ!
先を越される!)

スリサズは急いでシチューを平らげると、一度広げた荷物をたたみ、再び歩き出した。



前を行く者のキャンプの脇を、抜き足差し足こっそり追い抜く。

人の姿は見当たらないが、テントの中で休んでいるのだろう。

一見、普通に燃える焚き火。

しかしスリサズの目で見れば、その火が魔法によって点されたものであることや、その魔力の主がスリサズの馴染みの炎使いであるのがわかる。

(この人にだけは絶対に負けないんだから!)

日が暮れて足元がおぼつかなくなって、それでもスリサズはずんずん進む。

あの炎使いよりも一歩でも前に進みたい。

不意に…

森が、途切れた。


一面に広がった花畑を、月光が青白く照らす。

つぼみを閉じて眠るチューリップ。

見渡す限りの花、花、花の中、異なる花は一輪もない。

そしてその花畑の真ん中に、一本の塔が、そびえるというには華奢な姿で密やかにたたずんでいた。
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