氷の魔女とチューリップの塔

月明かりの花畑で

スリサズは、足元の花を折らないように気にしつつ、そろりそろりと塔に歩み寄った。

「ッ!?」

突然、スリサズの腕に鋭い痛みが走った。

見るとシャツの袖が切り裂かれて、血の雫がしたたっている。

(何なのッ!?)

振り向くとスリサズの周りを、小さな何かが、群れをなして飛び回っていた。

(蛾…?
いえ…ちょうちょ…?)

アゲハチョウに似ているが、違う点が二つだけ。

日が暮れているのに飛んでいることと、アゲハチョウならば黄色いはずの筋の模様が、血のような不気味な赤色をしていること。

(新種のちょうちょ?
それともただの魔力の化身?)

様子を伺うように舞っていた蝶の中の一匹が、スリサズに体当たりを仕掛けてきた。

(ッ!?)

蝶の羽はまるでナイフのように鋭く硬く、スリサズの服や皮膚を切り裂いて…

流れ出た血が足元のチューリップの葉の上に落ち、細長い葉はちょうど皿のように赤い雫を受け止める。

すると蝶達はその葉に群がり、口吻(コウフン)を伸ばして、葉に溜まった血をすすり始めた。

(魔力の化身の方か。
じゃあ標本にしても売れないな。
とりあえず、チノリアゲハとでも呼んでおこっかなっ)

余裕の笑みを浮かべつつ、スリサズは手に持った杖で、飛び来るチノリアゲハを叩きつけた。

「凍れ!」

呪文の通り、杖に触れた蝶の体を氷が覆い、飛べなくなった蝶が重い音を立てて地面に落ちる。

それをブーツで踏み潰すと、蝶は粉々になって砕け散った。

しかし…

(ちょっと数が多いわね)

同じ魔法を繰り返して、更に何匹も蝶を潰すが…

(キリがないッ!)

笑みが焦りに塗り替えられる。

潰しても潰しても、よりたくさんの新たなチノリアゲハが花の陰から現れて、次々とスリサズに襲いかかり続ける。

「アイス・バリア!!」

スリサズの杖から吹き出した冷気が、ドーム状の氷の壁を作ってスリサズを囲み、守る。

壁にぶつかった蝶達は、羽を広げた形のまま、壁の氷に取り込まれて動かなくなった。

やれやれと息をつきながら、スリサズは自分の傷の様子を確かめた。

この程度の怪我は、冒険者ならば珍しくない。

そして、透明な氷の壁に磔(ハリツケ)になった魔の昆虫の不気味な姿に目をやって、改めて身震いをした。
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