君が好きだから嘘をつく
「あれ?柚原、今帰り?」

ハッとして振り向くと、何冊もファイルを抱えている澤田くんがドアの前に立っていた。
誰もいないと思っていたけど、澤田くんはいたんだ・・

「うん・・ちょっとまだやることあったから・・」

「そっか」

笑顔でこっちに歩いてくる。
コートを脱いで、顔を見られないようにイスに座ってパソコンを開き、必要な書類を出して顔を落とす。
澤田くんも自分の席に座ったみたいで、近くにいる空気感に少し焦る。
今、誰かといるのは辛い。パソコンを開いて書類も出したのに全く手が動かない・・

『ダメだ!』って思って席を立ってトイレに向かおうとした時、また澤田くんに呼び止められた。

「柚原」

「・・・」

「どうしたの?何かあった?」

「・・・ううん、何も・・ない」

澤田くんの方を見ないで答える。
すぐ返せなきゃいけないのに、言葉が詰まる。
イスの音で澤田くんが立ち上がったのが分かる。そのまま私の後ろに立ったのを音で感じる。

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