君が好きだから嘘をつく
「ごめんね、待たせちゃったね」

まだ気持ちが定まらずに、探るような目つきになってしまう。

「お疲れ、随分残業したんだな」

「・・うん、時間かかっちゃった」

「そっか、飯は食べた?」

「食べたよ」

温かい食事を買ってきてくれた澤田くんを思い出す。
あのスープで気持ちが少し落ち着けた気がする。

「うん、そっか。しっかし寒いな~」

「そうだよ、寒いんだから私なんか待ってないで早く帰ればいいのに。はい、これ飲んで」

さっき買ったホットコーヒーを健吾に手渡す。渡す時一瞬触れた健吾の手はすごく冷たい。

「サンキュー、温かいな」

嬉しそうにコーヒを見て笑顔で受け取り、そのまま笑顔を私にも向けてくる。私の好きな笑顔。
その笑顔が美好で伊東さんに向けられていたことを思い出し、健吾に尋ねる。

「何で、伊東さんのこと送っていかなかったの?」

「う~ん、いろいろとな。食事している時も彼氏から連絡入っていたみたいだし」

「彼氏に遠慮?せっかくそこまでの仲になって、デートみたいに食事したのに送っていかないなんてね」

可愛くない言い方になる。
いつもみたいに『頑張れ』って言えばいいのに、やっぱり言えない。
前は無理してでも笑顔作って頑張れって言えたのにな・・気持ちがいっぱいいっぱいで笑顔もうまく作れない。
伊東さんと付き合うわけでもなく、振られるわけでもなく曖昧な関係の継続に私の心まで振り回されておかしくなってる。

限界が近いのか、諦められないのか、私の心は揺れ動き続ける。

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