君が好きだから嘘をつく
「じゃあ、帰るか」

「うん」

改札を通り2人でホームに立つ。
缶コーヒーを開けて飲む健吾に合わせて、私も両手で包むように持ちながら飲む。温かいコーヒーが口腔内を温める。柔らかい甘さが広がった。
すぐに到着した電車に乗り、あまり混んでない車内で並んで座席に座る。
どんどん冷めていくコーヒーを口にしながら、ボーッと向かいの真っ暗な窓の外を眺めた。

「どうした?疲れた?」

右隣い座った健吾が声をかけてくる。その言葉に反応して視線を横にいる健吾に移す。
少し視線を上げると、健吾の視線と重なった。

    【この瞳が好き】

「うん、疲れちゃった」

「忙しかったもんな、最近」

「そうだね」

仕事だけじゃない、心の疲れでため息が出た。
たわいない話をしながら窓の外を眺めていると、健吾が降りる駅に停車したことに気が付いた。

でも健吾は降りる気配がない・・

「ちょっと健吾、着いたよ」

「あ~、送って行くから」

健吾は何でもないかのように言う。

「え?いいよ、大丈夫だから」

突然送って行くと言う健吾の言葉に驚いて、思いっきり首を振る。
今まで、終電で一緒に帰っても送ってもらったことはない。
私の最寄駅から自宅まで、遠いわけでも暗い道を通るわけでもなかったし、いつも一緒に帰っても『じゃあね』と、この駅で別れていた。

「いいから。今日は送って行く、気にするな」、

健吾は全く降りる気がないらしく、シートの背もたれに寄りかかったまま動かない。
これで戸惑うなと言われても、今の私には無理だ。健吾を見つめたままになる。

「たまにはいいじゃん。一緒に帰るの久しぶりだろ」

「そうだけど・・・」

話しているうちに電車は出発してしまい、健吾は涼しい顔をしている。
私もいつまでも健吾の顔を見続けてもおかしいので、膝上のバッグに視線を動かした。
そのまま3駅が過ぎ、私の降りる駅で一緒に下車した。
改札を出て私のアパートに向かって並んで歩く。
 
   【何で私が送ってもらうの?】

健吾が送るべきなのは私じゃなくて伊東さんのはず・・・。複雑な気持ちと嬉しい気持ちが入り混じって、ついうつむいて歩いてしまう。

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