君が好きだから嘘をつく
澤田くんの後ろ姿を見つめていた視線の先が、いつの間にかぼやけて記憶の中に意識が寄せられた。

楓の苦しむ片思いが、自分の想いと重なる・・・でも、楓の恋より綺麗じゃない。
私の定まらない視線の途中に切なく苦しんだ私の感情が浮かぶ。
諦めた気持ち、揺さぶられた想い。
いろんな感情が一つの塊のように見えた間を割るように、私の目の前に湯気の立ったカップを差し出された。

ハッとして横に立った彼を見上げると、『どうぞ』と口元に少し笑を作って私の前に置いてくれた。

「あ!ごめん。ありがとう」

お礼を言って今度はブラックのまま飲んでみる。後味に残る苦味が現実に引き戻してくれた。
自分の席に座ってコーヒーを飲んでいる澤田くんは、話の続きを探ってくる様子はない。まあ、彼らしいけどね。
2人だけしかいないフロアの中でカップを傾けながら、中の黒い液体を見つめ話を切り出す。

「私ね、ずっと好きな人がいたの」

そう言って澤田くんを見ると、こっちを見て何も言わずに小さく頷いて見せた。

「結婚してる人・・諦められなくて」

「彼氏じゃなくて?」

もう私が何を言うか分かっていて聞いてくる。

私の好きだった人は・・彼氏なんかじゃない。

「そう・・・不倫」

私は何でもないことのように言う。でも、その後の言葉が続かなかった。

澤田くんと視線が合ったまま、自分で言った【不倫】と言う言葉に胸がざわついた。

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