君が好きだから嘘をつく
「お待たせいたしました、カフェオレでございます」

その声にハッとして覆っていた手のひらを離し、テーブルに置かれたカフェオレに視線を移す。その香りに少し癒された。
熱いカフェオレを少しずつ飲むと、冷えていた身体が少しずつ温まってきた。そして飲み終わる頃、英輔が店内に急いで入ってきた姿が見えた。

「悪い!待たせたな」

ビジネスバッグをイスの上に置き、コートを脱いでバッグの上に置いて私の正面に座った。
そして通りかかったスタッフにコーヒーをオーダーをした。
その後何も話さず少し顔を傾け私の顔を見ている。そんな英輔の眼差しに私も何も言えず顔を引き気味に見返す。少し経つと『フッ』と小さく息を抜くように微笑んで口を開いた。

「で?何があった?転職決意する程のことがあったんだろ。そうゆう顔してるよ」

そう言われて自分の頬を両手でさする。確かにこの短時間で何でもない表情を作ることはできなかった。

「いきなりごめんね。勝手なこと言っちゃって」

「ばか、そんなこと気にするなよ。いろんな事考えたんだろ」

「うん・・・」

視線を落としため息をつきながらなかなか話せない私を、何も言わずに待ってくれた。それからゆっくりこの前起こった事、そしてさっきの伊東さんとのことを話した。思い出しながら話しても感情が揺れる。そんな私に無理に聞いてくることなく待ってくれた。
全部話したところで英輔の顔を見ると、優しい顔して頷いてくれた。

「そっか」

少し首を傾け視線を私からそらさずに見ている。今までも健吾のことや伊東さんのことを何回か話していたから、私の感情も状況も分かってもらえたことが英輔の表情から理解ができる。
そしてテーブルに置かれたコーヒーを一口飲んで聞いてきた。

「でもまだ好きなんだろう?いいのか?」

心配そうに聞いてくる。あれだけ英輔にも自分の気持ちを話してあったからそう思うよね。その質問に私の心も苦しく軋む。

「うん・・どれだけ考えてもやっぱり好き。でもこれ以上健吾のそばにいたら、私はどんどん嫌な奴になる。表面上は笑うことができても、嫉妬とひがみだらけでいい友達なんてなれない。もう前のように接することもできない。伊東さんにまできついこと言っちゃう」

英輔が何度も小さく頷きながら真面目な顔で聞いてくれる。

「伊東さんのことうまく逃げているって言いながら、私のほうがいろんな事から逃げているんだよね。健吾と話すどころか一緒にいるのも苦しくて、ずっと考えてもどうしたらいいか分からなくて。さっき伊東さんと話して気持ちが揺れて全てを投げ出したくなって英輔に電話しちゃったけど、自分でもちゃんとしたいの。もし環境を変えて少しでも頑張れるなら・・私頑張りたい。ごめんね、こんな中途半端な気持ちで転職のお願いなんかしちゃって」

申し訳ない気持ちで頭が下がる。

「そんなことないよ、俺のほうが楓と一緒に働きたくて誘ったんだからさ。悪いけど俺は嬉しいよ。逃げたっていいじゃん。迷いもあるだろうけど楓が決めたなら俺は応援するよ」

そう言って白い歯を見せながら笑顔を見せてくれる。そしてテーブルの上に置かれたコーヒーを一口飲んでそばにあるメニューを手にして私の前に差し出してくれた。

「会社の説明もするけどさ、とりあえずご飯食べよ!俺腹減った。楓何食べたい?」

そう言ってメニューを覗き込んで私の好みを聞き、ビールと料理をオーダーした。
食べている間英輔はいろんな話題で私を楽しませてくれた。そして食事を済ませた後、バッグから会社のパンフレットを取り出し詳しく仕事について話してくれ、今後のことはまた連絡してくれると約束をした。

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