君が好きだから嘘をつく
「うん、私もすぐ行くから先に戻って」

見送るように右手を振ると、

「わかった」

そう言って健吾はドアを開けてフロアに戻って行った。
健吾が出て行ったドアをしばらく見つめたまま心が無の状態になる。
頬に温かい温度を感じて、手の甲で荒く涙を拭う。
健吾を傷つけておいて、自分が涙を流すことが嫌だった。自分でこうするって決めたのだから迷いも後悔もしたくなかった。
これでもう終わったのだから。


それから月末まで退職に向けて引継ぎの内容で仕事を進めた。
部長に振り分けてもらい、それぞれの会社に担当者変更の挨拶回りも済ませ私の仕事は終了した。
そうして退職の日を迎え、営業部という仕事柄帰社する時間がそれぞれ違う為、部長は朝礼の時間にみんなへの挨拶の時間をもうけてくれた。
部長もみんなも送迎会をやってくれると言ってくれたが、丁重に遠慮させてもらった。
急な退職を受け入れてもらったのに、そこまでしてもらうのは申し訳なかった。
みんなへのお礼と挨拶を伝えると、部長から綺麗な花束と主任からプレゼントを渡してもらい、みんなから拍手と温かい言葉をもらうと涙が止まらなかった。
もう一度お礼を伝えた後、朝礼も終了した。その後、退社手続きをして私の仕事も終了した。
会社を出るまで会った人に挨拶をして、帰宅のため駅に向かおうと会社前の横断歩道で信号待ちをしていると、後ろから呼び止められた。

「楓!」

その声に胸がギュッとした。思わず振り向いてしまった。
もう聞くことができないと思っていた声だったから。

「健吾・・どうしたの?」

振り向いた先に急いで来てくれたような様子を見ると、もう気持ちを覆うことができなかった。
真っ直ぐ健吾を見ると、健吾もしばらく何も言わず目を合わせたままだった。
そして少し経つと、

「これで終わりじゃないよな?また連絡するからさ・・」

その言葉に大きく心が揺れた。

あんな風に嫌な終わらせ方をしてしまったことを何度も後悔した。あれだけ悩んで決心して、迷いも後悔もしないと心に決めたのに。健吾を傷つけたことを、何度も何度も後悔してしまった。
それでもそのまま離れようと今日まで耐えてきたのに、その言葉にやっぱりあんな終わり方じゃだめだって思ってしまった。

「ごめんね・・健吾。あんな酷いこと言って。私ね、健吾にいっぱい嘘ついちゃった。でもね、健吾に幸せになって欲しいって気持ちだけは嘘じゃなかったんだ。だから今度は本当に健吾の好きな人とのこと心から応援するから許して、ごめん!」

最後に本当のことを笑顔で伝えた。

「・・・」

健吾は私を見たまま少し口を開いていたけど、何も言葉にしなかった。
そんな健吾を見つめていたけど、後ろから歩いてきた人と肩が軽くぶつかって、振り返り信号を見ると青になっていた。
そして頭に浮かんだことを打ち消し健吾に向きなおして、

「じゃあ行くね!バイバイ!」

そう伝えて健吾を振り切るように横断歩道を渡り始めた。
それでもどうしても気になって、もう一度だけ歩きながら振り向いて大好きな人の名前を呼んだ。

「健吾!」

笑顔を向けて大きく手を振って最後の別れを遂げた。

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