君が好きだから嘘をつく
「ちゃんと楓と向き合ってきなよ。何があっても楓は山中くんを想ってきたんだよ。どんな人に気持ち伝えられても誘われても、なびくことはなかったんだから。あんなに可愛いのに、もったいないと思わない?」

「・・・」

勝手に伝えてしまって心が痛む。2人の問題なのだから。好きな気持ちは伝える努力をしなければ、何も始まらないし終わってしまうのだから。その通り楓は無理にでも終わりにしようと動いてしまった。幸せになれるはずの2人なのに。あとはもう健吾に頼るしかない。でも質問に答えない健吾に咲季は最後の賭けに出た。

「でもこれからは分からないわね。山中くんへの気持ちを自分で少しでも区切りをつける為に、新しい環境を選んだのだから。新しい職場でもあんな可愛い子なら、みんなほっとかないだろうね。それに、昔の恋の相手がいるわけだしさ」

「え?」

明らかに健吾の瞳の強さが変わった。キツイ視線を咲季に向けたのだ。

「それ、どういうことですか?」

想像以上の反応に、咲季は『これだ!』と思った。そして健吾の気持ちが少なからず楓にあると悟ったのだ。

「昔好きだった男に転職誘われていたのよ」

「それでそいつのとこ行ったってことですか?」

「山中くんへの気持ちを整理する為に環境変えて、今できることをやるって決めたのよ。あの子には昔好きだった人うんぬんは関係ないみたいだけど、誘った相手はどうだろうね?まあ、その他の人も彼氏がいないって知れば放っておかないでしょ」

あながち全てが嘘じゃない。楓を知れば外見だけでなく彼女を好きになるだろう。咲季は同性の目で見ても楓の魅力を認めていた。
全てにおいて手遅れになってほしくないと健吾がどう出るのか様子を探るが、視線を少し逸らして何かを考えている彼の気持ちまでは読み取れなかった。
そんな健吾の様子に少し困った咲季は、隣で今までの会話に全く入ってこない隼人の腕を肘で突いた。すると健吾を見ていた隼人は咲季に顔を向け、『ん?』ととぼける様に微笑んだ。そんな顔を見て隼人に顎で健吾の方を指しながら『どうするのよ?』と目で訴えた時、健吾のつぶやいた言葉を耳にした。

「あいつのとこに・・いる?」

その言葉で健吾が楓の好きだった人のことを知っていることを察知することができた。そして彼の表情からそれを良く思っていないことも。その感情は嫉妬なのかもしれない。そうだとしたら・・・

「そうよ。山中くんのそばじゃなくて、昔好きだった人のそばにいるの。言い方悪いけど、その彼に誘われたのよ。今まで一途に山中くんを想っていた楓だけど、今はもう状況は違うのよ。それで?山中くんの気持ちはどうなの?」

そう尋ねたが『ううん』と首を振って、それは今私が聞くことじゃないと考え直した。

「ごめん、私に答えてもらう事じゃなかったわね。でも今の山中くんの表情を見れば、何となく分かってしまうよ。今からでもさ、楓に会ってちゃんと話してくれば?手遅れにならないうちに」

健吾は少し考えて首を横に振った。

「いえ・・今日はやめておきます。酒も入っているし、勢いなんかじゃなくてちゃんと考えてから。明日会いに行きます。電話じゃなくて、ちゃんと顔見て楓と話してきます」

真っ直ぐ向けられたその瞳に、咲季は健吾の気持ちをちゃんと見ることができた。うんうんと頷きながら、胸がいっぱいになるのを感じて楓の顔を思い浮かべた。

「よかった・・・」

咲季が感嘆のため息をついた時、今まで言葉を発しなかった隼人がビジネスバッグから手帳を取り出し健吾に向けて男前の笑顔を見せた。

「じゃあ、僕から餞別」

そう言いながら手帳の1枚を破り、健吾に差し出した。そこには会社名と住所が書かれている。
渡された健吾はそのメモのような紙を見て、不思議そうに聞いた。

「何?これ」

「柚原の転職先。会いに行くって決めたのなら、迎えに行ってあげれば?」

咲季は言葉数が少なくても、こうやって格好良く決めてしまう隼人に感心した。

「もてる男ってさり気ない優しさを見せるよね。澤田くんってこういうことできちゃうのか~」

「今日は特別ですよ」

冷やかし混じりに言っても、うまく返してくる。それも甘い笑顔で。これじゃあ女の子達が放っておくわけないと咲季はつくづく感じた。
健吾もそんな隼人の好意を苦笑交じりに受け取った。

「ありがとう、隼人」

「どういたしまして」

目の前で素敵な友情を見て、咲季も一言応援する。

「山中くん、頑張って」

「はい」

やっと笑顔を見せて答えてくれた。その笑顔を見て、今度こそ涙が出そうになった。
少しでも早くこの事を楓に伝えてあげたいけれど、その気持ちをグッと我慢して全てを健吾に託した。
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