君が好きだから嘘をつく
楓は両手でファイルを抱えながら資料室に入った。今まで使っていたこのファイルをそれぞれ所定の位置に戻して、並べられたファイルや書籍を見渡す。
やっと慣れてきたこの空間。大変なこともあるけれど、少しずつ自分の居場所として身体にも馴染んできた。
それでもこうやって一人になると未だに思い出してしまう、健吾の顔を。
忘れることはできないけれど、距離をもって自分の気持ちに区切りをつけるつもりでいたのに。
健吾からの電話の着信音が鳴る度に気持ちが揺れた。思わず出たくなったけど、声を聞いてしまったらまた気持ちが戻ってしまうと、そのまま切れるのを待った。
着信拒否する勇気もなく、結局気持ちを引きずったまま。
こんな逃げ方ずるいけど、そんな風にしかできない。こうやって嫌われて終わるのかな・・・
ボーっと考えながら資料室を出て廊下を歩いた。そしてフロアに戻り自分のデスクに座ると同時に英輔が声をかけてきた。

「楓、今日はもう帰れそう?」

「うん、今片付けてきた」

「じゃあ、みんなで飲みに行かない?」

英輔の誘いの言葉を聞いて周りを見ると、数人の人が笑顔を見せている。

「最近残業続いたし、明日休みだから飲みに行こうって何人かもう先に行ってるからさ」

「うん、分かった行く」

即答してとりあえず帰り支度をした。
営業部だから男性の方が多いけど、そんな飲み会の環境には慣れていたから抵抗はない。
それよりも今日のように気持ちがしんみりしている日は、騒がしい場に誘ってもらえてよかったと思っている。
数分後みんなで冗談を言いながら笑い合って会社のエントランスを出た。
話は英輔と私の学生時代の話で、思い出話をしながら私に相槌を求め、英輔は私の肩に手をかけながら笑っていた。私もそんな昔話を思い出しながら懐かしんでいた。

すると後ろから会話を遮るように、思いがけない声が聞こえた。

「ごめん・・さわらないで」

その声と共に肩にかけられていた英輔の手の感触・重みがなくなった。
そして耳に届いた声。振り返るとそこに健吾がいた。
英輔に鋭い視線を向けて、手首を掴んでいる。

「・・何で・・・」

ここにいるはずのない健吾の姿を見て衝撃を感じ、大きく息を吸った。

健吾が・・どうして?・・何で・・ここに。

今の職場を教えていないのにと、この状態が理解できずにいる。
ポカンとする楓と同じように、腕を掴まれた英輔も相手の顔を驚きの眼差しで見つめた。

「えっ?何?」

「健吾・・」

戸惑う英輔のことも視界に入らないかのように、楓は健吾の姿を呆然と見ていた。

「・・あっ!」

英輔は楓の呼ぶ名で今自分の腕を掴んで真っ直ぐ視線を寄こしている男が、楓から聞いていた健吾だと認識した。周りにいる同僚達は、『何?』『誰?』と不審がっている。
そんなみんなのざわつきも気にせず、健吾は英輔の腕を放して告げた。

「すいません、楓に話があるんで連れて帰っていいですか?」

柔らかい口調とは裏腹に、視線はさっきと同じように鋭さを持っていた。『ダメだ』とは言わせない空気。さっきからざわついていた同僚達は、健吾が『楓』と呼び捨てに言ったことで今度は『何?彼氏?』『柚原さん彼氏いたのかよ~』『マジで?』と残念がる言葉を口々にしている。

そして英輔は健吾が自分に向ける眼差しで状況を察知した。

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