君が好きだから嘘をつく
「ねえ・・どうしたの?」

私の問いにやっぱり振り向かずに答える。

「何が?」

「何がって、何で来たの?」

「楓に会いに来たんだよ。お前と話がしたくて」

「話?」

話がしたいと言われて思わず足を止めると、ゆるく握られていた手が離れた。
すると健吾が振り返り私の顔を見て、視線を合わせてきた。

「そう、話したい。電話したってメールしたって返事ないし」

「・・うん、ごめん」

それには素直に謝る。確かに健吾からの電話には出なかったし、メールも返信しなかった。
まだ健吾からの連絡がある度に、気持ちに動揺があったから。離れると決めた自分の気持ちが揺るぎそうで怖かった。

「だから顔見て話したくて、会いに来た」

さっきまでと違って真っ直ぐ私の顔を見て『会いに来た』なんて言う健吾に、違和感のような戸惑いを感じる。そんな事を言われて、どうしたらいいのかわからない。
今のこの状況をどう捉えたらいいのか、わからない。

「話って何を話すの?」

そう聞き返すと、更に私のそばに寄り熱を含んだような眼差しを見せる。そんな健吾の表情なんて見たことないから、思わず身を引きそうになる。

「楓がそばにいないと寂しい」

「・・・」

今耳に聞こえて頭に届いた言葉の意味を理解することが難しい。
そして驚きのあまり目をむいて、健吾を凝視してしまう。そんな私を健吾は変わらず見続ける。
どうしてそんな瞳で見るのか全く分からない。

「やだ何?急に・・寂しいって。別に・・私一人いなくても、健吾の周りは変わらないでしょう?」

「いや、全然違う」

「何言ってるの?友達や同僚が転職なんてよくあることじゃない。私がいなくたって健吾には大切な子だっているんだし。そっちを優先に考えるべきでしょ?」

今更こんなことを言いたくない。
こういうことから逃げる為に健吾から離れたのに。自分で言いながら心が痛くなって、健吾から視線を外し眉間にしわが寄ってうつむいてしまう。

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