君が好きだから嘘をつく
「ごめん」

低くかすれた声が聞こえた瞬間、肩と背中を引き寄せられて優しい力で包まれた。

   -えっ!何で?ー

あまりに突然なことに身体に力が入る。

「楓・・ごめんな」

続けて耳に届く声は、私には甘すぎて悲しくなる。
肩に置かれていた手は私をなだめるかのように頭を優しく撫でる。
何でこうなるの?こうして抱きしめられることも、ささやかれることも、私がどれだけ動揺するか健吾は分かっていない。
辛い思いで健吾の胸元を押して離れ、距離を持つ。
そのまま健吾の顔が見れずに、動揺の為視線が下方を泳ぐ。

「何で謝るの?何でそばにいないと寂しいなんて言うの?違うよ!健吾が追いかけていくのは伊東さんでしょ?私じゃないよ・・」

理解ができなくて感情が乱れ、溢れそうになる涙を堪えて顔が歪む。唇を噛んで眉間に力を入れどうにか気持ちを抑えようとゆっくり呼吸する。それでもとうとう堪えた涙も止められず、零れ落ちるように瞳からポタポタ落ちていった。

「好きなのは・・・伊東さんでしょ。だったら・・」

もう言葉にするのも辛くて、言ってることも途切れ途切れになって震える。
それでも高ぶった気持ちを抑えられずに言葉をぶつけようとした時、左頬を覆われて少しだけ温かさを持った柔らかい親指で流れた涙を拭われた。驚いて見上げると、健吾は切なそうな表情を見せた。

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