君が好きだから嘘をつく
約束の18時を10分程過ぎた頃、鷹野コーポレーションの部長の川崎さん、担当の須藤さんが姿を現した。

「こんばんは」

「やあ、柚原さん待たせたね」

「とんでもございません、本日はお忙しい中ありがとうございます。山中は急な用件が入り、今こちらに急いで向かっておりますので、先に店内にご案内させて頂けますか?どうぞ、中へ」

「そうだね、じゃあよろしくね」

「はい」

ドアを開けて中に入り、予約名を告げる。通された和室に2人と向き合って座る。
とりあえず笑顔を向けられているが気は抜けない。
1人というプレッシャーと、相手がこの部長だっていうこと。
とにかく健吾が来るまで場を持たせなければならない。
部長にあまりハイペースにお酒を飲ませたくないけど、それは難しい。いつも水のように飲む人だ、彼のペースにならないようにするしかない。とりあえず、乾杯用のビールをお酌する。

「部長、お注ぎします。どうぞ」

「ああ、ありがとう。柚原さんにお酌してもらう酒は美味しいからね。今日を楽しみにしていたよ」

私は楽しみにしていなかったよ。あぁ、健吾早く来て・・部長が酔う前に。

「須藤さんもどうぞ」

「ありがとうございます」

2人にお酌したところで部長がビール瓶に手を伸ばしてきた。私からビールを受け取り、こちらに傾けてくる。

「さあ、柚原さんも飲んで」

「ありがとうございます」

コップに並々と注いでくれる。いつもならすぐにでも口をつけたくなるビールだが、今日はなんともそそられない。それでも空にしていかなくてはならないのだ。
とりあえず、本日の接待を開始する。

「川崎部長、須藤さん、再度ではございますが、本日はお忙しい中ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い致します」

そう告げて軽くグラスを上げると、部長はニコニコしながら1杯目のビールを飲み干す。
グビグビという音と共にビールが消えていく。
すぐにまたビールを注ぐ準備をする。それを2度3度4度と繰り返し、私は心でため息をつく。
部長と対照的に須藤さんの手元のグラスは動かない。口はつけるが、たいして減らない。
まあ、いろいろ考えているのだろう。きっとこの部長が酔って動けなくなった状態まで考えて。
料理には手をつけているから、そっとウーロン茶を注文して彼に新たなグラスで渡す。

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