君が好きだから嘘をつく
その時、コンコン!と入り口のふすまがノックされた。

須藤さん?それとも健吾?

「誰だ」

部長が邪魔をされ不機嫌な声で返事をすると、ふすまの向こうから声が聞こえた。

「失礼致します」

声と共にふすまが開かれ、見えた姿に驚いた。
須藤さんじゃない、健吾でもない。そこにいたのは・・澤田くんだった。

「澤田くん!」

どうして?健吾じゃなくて澤田くん?今日の接待に参加するなんて聞いていないし。
彼が現れた理由が全く分からない。

「誰だね、きみは」

川崎部長も初対面の登場に面食らっている。それに場面が場面だ。
酒の席とはいえ、女の腕を掴んでいるところを知らない男に入り込まれていい気はしないだろう。
そんな場面を見ても、澤田くんは仕事モードの顔をしている。

「はい、営業部の澤田隼人と申します。以前から鷹野コーポレーションの川崎部長の御名前を伺っておりました。本日会食の機会を頂いていると聞き、是非私も同席させて頂けたらと思い山中に連絡を取りました。急な参加で申し訳ございません、どうぞよろしくお願い致します」

「そうか・・・まあ、よろしく頼むよ」

澤田くんの挨拶を聞き、いつの間にか掴まれていた部長の手は解かれていた。
きつく掴まれていた痛みは残っているけど。
未だに澤田くんの登場に驚きは残っているけど、とにかく助かった。あのまま澤田くんが来ていなかったことを想像すると鳥肌がたつ。
少なからず予想はしていたけど、まさか2人きりになるとは思っていなかった。

「澤田くんと言ったか?まあ、こうゆう席だ。君も飲みなさい」

そう言って今まで自分が飲んでいた熱燗を澤田くんに差し出した。
澤田くんも健吾に用意された席に座り、おちょこに注がれた日本酒を一気に飲み干し、ご返杯に澤田くんが注ぐと気分よさそうにまた飲み始めた。
私はその様子をただ見ているだけだった。

いろんなことに驚きボー然としてしまったのだ。

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