君が好きだから嘘をつく
「失礼します」

さっき電話が入り席を外した須藤さんが戻ってきた。
手に携帯を持ったまま。たぶんまだ会話の途中なのだろう。

「申し訳ございません、部長。明日の会議の事でご相談がありまして、電話に出て頂いてよろしいでしょうか?」

そう言って携帯を渡された部長は会話を始めた。大切な話なのだろう、須藤さんも部長に視線を集中している。
その隙を狙うように、澤田くんが小声で囁いてきた。

「大丈夫だった?健吾から連絡貰って急いで来たけど、遅くなってごめんね」

「え?健吾が澤田くんに電話したの?」

「ああ。柚原が心配だからとにかく向かってくれって」

「そうなんだ・・・」

だから突然澤田くんがこの接待に現れたんだ・・・健吾も心配してくれたんだ本当に。
川崎部長の接し方を気にしていたのに、自分が間に合わないからって澤田くんに連絡してくれたなんて。
それに澤田くんだって自分の仕事していたはずなのに。
そんな気遣いを2人にされて嬉しいと共に胸が詰まる感じがした。

こういう接待の時、女である自分が嫌になる時がある。でもこの2人の同期が支えてくれるから今の私はやっていけるのだなって痛感した。
嬉しいような寂しいような複雑な感情に包まれた時、川崎部長が電話を切り、また私達に向き合った。

「失礼したね。さあ、飲みなおそうか」

そう告げた時、またしても入り口のふすまがノックされた。

「失礼します」

この声は間違いない、健吾だ。
声と共にふすまが開き、待ち焦がれていた健吾が姿を見せた。

「本日は大変申し訳ございませんでした。大切な席に遅れてしまい何と申し上げてよろしいのか、大変失礼致しました」

そう深々と頭を下げた。
その姿は紳士的に、精神誠意気持ちの込められた対応に見えた。
そっと川崎部長を見ると、たいして気にした様子もなく笑顔も見られた。

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