君が好きだから嘘をつく
「そっか、それならよかった。次からは気をつけるからさ。今日は本当にありがとう。川崎部長も機嫌よく帰ってよかったよ」

「澤田くんもありがとうね。何があるかわからないし、本当は私一人でもちゃんと接待できなきゃダメなのに、担当外の接待まで参加させちゃってごめんね」

私が頭を下げてお礼を言うと、澤田くんはゆっくりと首を横に振った。

「そんなことないよ、協力して成功させる接待もあるし。同期なんだから気を使っちゃだめだよ。こうして打ち上げで楽しめるしね」

「ありがとう」

「さあ!食べて飲もうぜ。隼人と飲むなんて滅多にないもんな。隼人、おばちゃんの料理美味しいだろ」

「うん。この肉じゃがも、角煮も美味しいよ。おばちゃんもいい人だし、2人がこのお店を気に入っているのがわかるよ」

一人で接待をこなせなかった反省も、澤田くんに迷惑かけてしまった罪悪感も、2人が楽しそうに飲んで食べている姿を見ているとその時は忘れて一緒に楽しむことができた。
同期でも3人揃ってプライベートで飲むなんて新入社員の頃以来、ほとんどなかったものね。
話の弾んでる2人を見ていると、それだけで何だか楽しかった。

少しボーっとしていると、近くで鳴り響く着信音が聞こえた。

「あ、ゴメン俺だ」

健吾がスーツの上着のポケットから取り出し、着信相手を見た瞬間に表情を変えた。
   

   ー伊東さんだー


私にはすぐに分かってしまった。

「もしもし」

健吾の顔嬉しそうだ・・・隠しもしない。あたり前か。

「うん。今、隼人と楓と飲んでるよ。ん?どうした?・・・ちょっと待っていて」

そう言って立ち上がると、外に出る為にドアに向かって歩き出した。

「隼人、楓ちょっとごめんな」

一言残して出て行っちゃった。
伊東さんと話す健吾の声優しかったな。いつもあんな感じなのかな・・・
伊東さんからも健吾に電話かけてくるなんて。やっぱりもういい感じになっているのかな・・・

つい自分の感情に気を取られて、澤田くんが目の前にいることが頭から抜けていた。

大丈夫かな、ばれてないよね・・・そっと視線を上げて澤田くんを見ると、ドリンクのメニューを見ていてホッとした。

「柚原何か飲む?」

持っていたメニューを差し出してくれた。

「うん・・・じゃあ、黒糖焼酎にしようかな」

「へえ~美味しいの?」

「美味しいよ、ちょっとおすすめ」

「じゃあ、僕も同じの飲んでみようかな」

そうして、健吾のいないテーブルで2人で乾杯した。

「ああ、黒糖の焼酎って美味しいんだね。いい物見つけた」

「そうでしょ。私いつもはビールかワインか日本酒だけど、時々これ飲むんだ」

そう。この黒糖焼酎は健吾とは飲まない。
健吾が酔っ払って恋の話をしながら潰れちゃった時とか、自分の片思いに行き詰って1人で美好に来た時に飲む美味しいのに苦いお酒だ。

だからこのお酒を誰かと一緒に飲むのは初めてだった。

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