甘き死の花、愛しき絶望
優しい日常
世の中。
頭脳明晰、運動神経抜群なんて、完璧に何もかもそろった人間は珍しい。
でも全く何もとりえのないヒトだって珍しい。
……はずなのに。
西藤 明日香(さいとう あすか)の周りだけは、少しばかり違っているようだった。
「こら~~! ウサギ~~! 死ぬ気で走れ!!」
「~~!」
いつもなら明日香のウサギ呼ばわりに「ウサギじゃないよ、『鵜崎(うざき)』!!」と返してくるはずの智樹(ともき)の声が聞こえない。
どうやら、彼はあまりにも必死に走っていたので、しゃべる余裕がないようだった。
高校生になっていくらも経っていない、とはいえ。
中学生より下。
ともすると、小学生にだって見えかねない、小柄の少年が、長身の少女と通学路の坂道を走っていた。
現在は、朝。
どうやら、二人とも、遅刻ぎりぎりらしい。
二人の通う城南高校は、小高い山を削ったてっぺんにある。
通学には山の麓(ふもと)まで電車、それから校門までバスが普通なのだが、このバスは駅から直通だ。
駅と学校の中間、しかもバス通りから外れた場所に住んでいる二人は、二本の足を効率よく使わなければ、学校にたどり着けない。
けれども。
智樹はまじめに、必死に足を動かしているにもかかわらず、先を走る幼馴染の女の子に追いつけないでいた。