甘き死の花、愛しき絶望
 このままじゃ、遅刻確定だし!

 なんて。

 大声で叫んで笑う明日香を、栄は眩しい太陽を見るみたいに目を細めて眺めると、嫌々視線を智樹に移した。

「……お姫さまは、ああ言ってますが、どうします?」

 明日香に栄の声は聞こえない。

 一瞬前とは明らかに口調が違うささやく声に、智樹は、思い切り顔をしかめた。

「久遠寺の車になんて、乗るわきゃねーだろ! 当ったり前!
 オレは走る!
 そもそも、運転手つきの車になんて乗りたきゃ、自分ん家の鵜崎から乗ってるし!
 誰が、よりにもよって、二重人格者の車なんかに……」

「は! 私が二重人格者!
 なら、そのセリフ、すっかりあなたにお返ししますよ」

 栄は、あきれたように肩をすくめると、車の窓を全部開けた。

 そして、ずぃ、と身を乗り出したかと思うと、隣をとぼとぼと歩いてる智樹の首根っこをぐい、と掴んで持ち上げた。

 この場合、平均的な体格よりもやや背が高いだけの栄の腕力が強い、というよりも、智樹の身体が軽すぎ、のようだった。

 栄に簡単につり上げられて、智樹はじたばたと騒ぐ。

「うぁ……! ちょっ! 何するんだよっっ!!
 栄! 栄!
 お前なんて、だいっ嫌いだ! 放せってば!」

 上げる智樹の抗議もなんのその。

 栄はそのまま、問答無用で窓から智樹を車の中に引きずり込むと、自分の隣に座らせると、ふん、と鼻で息をついた。


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