太陽と月



―――耳の奥で、あの日の笑い声が甦る





導かれる様に、ゆっくりと開いた瞳の先にあるのは

あの頃と変わらない、満開の桜の並木道


柔らかい春の風に誘われて、花びらが青空に舞っていく

あの日と変わらない、穏やかで温かい景色



それでも、広いバルコニーにいるのは

俺、ただ一人




あの頃、隣で笑っていた彼女はもういなくって

新しく買ったハシゴにも、彼女は昇る事なく会社を去った




目の前の景色は変わらないのに

沢山のものが変わった



あの笑顔も

あの笑い声も



もうここには響かない




舞い上がる花びらに吹かれて

あの人と見た、春を探す



あの人を忘れてしまう程の恋が胸を焦がす日まで

きっと、この桜を見る事はできない


――あの日の様に



綺麗なはずの桜も、今も色を失っている



柔らかく吹く風に頬を撫でられて

俺は一人、空を見上げた
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