ピノキオとダンス
「・・・戦争していたわ」
「うん」
「あなたは、もうすぐ殺される捕虜だった」
「うん」
「名前は違ったけど、あの男の人はピノキオだったわ」
「うん」
霞がかかったような視界を持て余して、千沙は小さな声で呟く。ああ。一体何がどうなってるの、って。それでも二つの違う世界へ飛んで、判ったことだってあるのだ。彼女はそれを隣のピノキオに確認するのが怖かった。だから代わりにこう聞いた。
「ねえ、元の世界に戻りたいわ。私と君で、私の部屋でご飯を食べている、あの時間へ」
私は独身の会社員で、冷めたご飯を感想も持たずに食べていた、あそこへよ、何度か言葉を変えてそう彼女は言う。またあの辛い、戦争中の世界へ入るかもしれないのは嫌だったのだ。
するとピノキオは少しばかり悲しそうな顔をする。
「だめだよ、千沙。だってまだ他のドアが4つもあるんだからね・・・。僕には、それを選択する力がないんだ。だから君が頑張らないと」
彼女は途方に暮れた。
まだ4つの、ドア。
千沙は自分をとりまく青いドアをじろりと睨みつける。今までの二つの世界で共通していたのは千沙とピノキオだけだった。彼の名前や千沙の年齢や外見は違っていたが、それでも「あの男」はピノキオだったし、「私」は千沙であった。