ピノキオとダンス
千沙の瞼に滴が飛んでくる。
この雨は4時ごろから降り出して、もうすっかり暗闇の時間になってもまだ頑張って空から落ち続けていた。
前髪もぬれて、中途半端に着ているセーターも湿りだしている。時折煙が目に染みて潤むのが判った。
だけどいいのだ。どうせ見えるのは、ゆっくりと重そうに落ちてくる雨粒なんだから。千沙はそう思って、まだ一人で空を見上げた。是非とも見たいもの、もしくは見ておきたいものなどは、今の千沙の周りにはなかったのだから。
あの人にふられてしまった。
最後の電話は乱暴だった。きっとあの人は、電話を壁に投げつけたのだろうと思うような、酷い音が耳元で聞こえて、それから不通に変わったのだ。
千沙は台所に立っていて、とりあえず、強いお酒でも飲むべきかしら、などと呟いた。だってほら、昔の外国の小説を読むと、必ずあるでしょう、気付けの一杯ってやつが、そう考えていた。
つー・つー・と耳元で鳴っていた不快な拒否の音を思い出しては眉間に皺を寄せた。何故か泣くことが出来ずに、台所のシンクに体を預けて突っ立っていた。
君は僕のことなんて好きじゃないんだよ。だから、他の男と平気で会えるんだよね。彼はそう言って、憎憎しげに、吐き捨てるように言ったのだった。
僕たち、もうダメだよねと。だって、信頼がまったくないんだからさって。
確かに千沙は、3日前、駅前で彼ではない男と待ち合わせをした。それは社会人クラブに新しく入ってきた男性で、その後の会合の場所が判らないというから千沙が案内を買って出たのだった。