ピノキオとダンス
もう体が干からびて砂漠みたいよ、彼女はそう言って彼から水のボトルを受け取った。染み渡るように水分が体の中を駆け巡る、ああ、生きてるなあ~なんて感想を、こういう時は必ず口に出さずにいられなかった。
「千沙」
恋人の彼が笑いかける。薄い茶色の前髪がさらりと額をこすっては揺れる。それをつい優しい眼差しになって見詰めてしまうのが、千沙は自分でも判っていた。
結構長い付き合いなのにね、彼女は心の中で呟く。それでもまだ、私はこんなにこの人にドキドキしてしまうわ、って。
「・・・記念日の翌日に、ここで格好よくロマンチックな言葉でも言ってから君を抱きたいところだけど、さ」
「だけど?」
「涎のあとと、頬についたシーツのあとがねえ」
彼はそう言ってゲラゲラと笑う。千沙はうきゃーと悲鳴を上げて、彼に枕を投げつけた。
窓の外はもう夕方で、アルコール漬けで眠りこけている間に冬の一日が終わろうとしていた。何だか損した気分だわ、彼女はそっとそう呟いて、中途半端に閉められていたカーテンをしっかりとしめなおす。
頭はガンガン痛くて、若干眩暈もする。だけど、目の前にはほどほどに格好いい大事な男、そして、温かい部屋。千沙は程よい幸福を感じてニッコリとする。
ちょうどいいのよ。そう思ってた。私には、これが丁度いい幸せなのよって。